灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空16

 発砲音が連続して轟く。音に驚いた民衆たちが悲鳴を上げて逃げていき、残ったのは半数の表情のない人間だった。おそらくすべてAKUMAだろう。アリシアは唇を噛んで吐き捨てた。
「数が多い!」
 このままではネイサンとラルフが危ない。一刻も早く二人を保護しなければ更なる被害が出てくる可能性が高い。神田も同じように思ったのか舌打ちする。
「おい! 何か考えろチビ!」
「わかってます!」
 アリシアはAKUMAに発砲し続け、頭をフル回転させた。
 ここで足止めを食らえば二人の生存率はぐっと下がる。けれど三人で乗り込むにはとても難しい状況である。三人の中では神田が戦闘能力が高いが、アリシアがここに残れば数で押されることもあるだろう。リンクがどれくらいAKUMAに対応できるのかは未知数であり、相手はレベル2だ。しかもアリシアに違和感をほとんど感じさせず、黒の教団に潜り込んでいられるほど賢しい。
 ちらりとリンクを見ると近づいてきたAKUMAに蹴りを食らわせていた。恐らくそこらのサポーターより戦えるはずだ。
「リンク! 足止めできるようなものはありますか?」
「数秒なら可能です!」
「では合図したらやってください」
 ならばやれることをするだけだ。可能性に賭けるしかない。
 神田をちらりと見てアリシアは笑う。
「……ちゃんと追いかけてきてくださいね」
 神田は目を瞠って口を開こうとしたが、遮るようにアリシアは一度息を大きく吸い、二人に向かって叫んだ。
「神田、私を飛ばしてください!」
 アリシアは少し助走をつけて神田に向かってジャンプした。神田はすぐに両手を組んでアリシアの足を持ち上げた。勢いよくアリシアは宙を舞いながらリンクに合図した。リンクは呼応するように鴉の技を展開させる。
「縛り羽!」
 AKUMAたちが痺れるように動けなくなる。その間にアリシアの持つサルガタナスが燐光を放った。銃は二挺になりすべてのAKUMAに銃弾がめり込む。そしてアリシアは壁のようだったAKUMAたちを抜けてラティス邸に入れるようになった。
「神田は引き続きAKUMAの掃討を! リンクは頃合いを見てラルフくんと同じ道を通って彼の保護を!」
 リンクは頷いたが神田はアリシアに怒鳴る。
「馬鹿か、テメェ!」
 アリシアの言葉に強く反応したのは意外にも神田だった。おそらくアリシアの実力を鑑みるとレベル2のAKUMAに一人で対応するのは難しいと思ったのだろう。心配しているのかそれとも後始末を任せられて怒っているのかわからないが、アリシアはなんだかおかしくなって笑った。
「大丈夫です。相手は完全に出し抜いたと思っているでしょう。知能が高いゆえに話すことは大好きでしょうから、言葉で時間を稼いでみせます」
 神田は少し黙って言葉を吐き出した。
「テメェが勝手に死ぬのはどうでもいいが、無駄死にするならぶっ飛ばす」
 神田の言葉にアリシアは笑みを深くする。
「大丈夫ですよ。神田より先に死んだりしませんから」
 神田は眉間にしわを作ったが、何も言うことなくAKUMAの掃討に戻っていった。
 アリシアもラティス邸の玄関を入っていく。お互いをもう見ることなく、それぞれのやることに集中した。
 
 ***
 
 ラティス邸に入るとしんとしていて人の気配がなかった。調度品もこの前来た時と寸分違いなく置かれていて埃も一切ない。これはニアの為であったと同時に人間技ではないだろうと推測する。おそらくここもAKUMAの巣窟になっていたのだろう。だが奇妙なのが一体もAKAUMAが見当たらないことだ。残骸さえもない。誘導されているのかもしれないが、あえて行く必要がある。小賢しいAKUMAだとアリシアは内心神父を罵った。
 きっとネイサンと神父はニアの部屋にいる。アリシアは警戒しながら邸内の廊下を走った。そして何事もなくニアの部屋にたどり着き、ドアに体をすり寄せて耳をそばだてる。するとネイサンと神父の声が聞こえてきた。
「本当? 本当に母様は生き返るの?」
 アリシアが思わずサルガタナスを握りしめる。どうやら殺すでもなくAKUMAにするつもりらしい。神父はことさら優しい声で言った。
「そうだよネイサン。キミの善行が神様を動かしたんだ。ただ名前を呼ぶだけでいい。それだけでニア様は生き返る」
 アリシアは扉を蹴り開けた。突然のことにネイサンと神父がこちらを向いた。そして二人の間にはAKUMAの骨組みになるボディがあった。サルガタナスを神父に向けて、アリシアは神父に微笑みかける。
「子供に嘘を吐くのは良くないと思いますよ? 神父」
 神父は動揺など一切見せず、へらりと笑い返す。
「嘘じゃないさ。ニア様の魂は地上に戻ってくる。ただちょっとした代償はあるけどね」
「代償が自分の命だと知って誰がAKUMAなんぞになるもんですか!」
 突然の応酬にネイサンは目を白黒させて戸惑っている。アリシアは神父から視線をそらさずネイサンに言った。
「どんなことをしてもニアさんは戻ってきませんよ。二度と会話も撫でてもらったり抱きしめられたりもしません。そればかりかAKUMAになって人を殺す機械になるんです! それでもあなたは母親の名前を呼びますか?」
 ネイサンは神父を見て尋ねた。
「……神父様、本当ですか?」
 神父は笑みを深くするばかりで何も言わない。ネイサンは一歩後ずさった。たたみかけるようにアリシアが言った。
「ニアさんの死因はもしかすると神父の手によるものかもしれません。それでも彼の手を取りますか
 アリシアの言葉にネイサンは目を見開いた。
「嘘ですよね? 神父様は母様にいつも薬を持ってきてくださったじゃないですか? それなのに殺すなんておかしいですよね?」
 神父は何も答えない。ネイサンは瞠目して座り込んでしまった。
「なるほど、毎回わからないように衰弱させてたんですか。それでも死ななかったから直接手を加えたんですね?」
 しんと空気が張り詰める。静寂を破るように神父はくつくつと笑いアリシアに向けてわらった。
「ずいぶんと嫌われちゃったみたいだなあ。ぼかぁ何もしてないよ」
 アリシアはサルガタナスを握りこみ、目を眇める。
「信じられませんね。AKUMAの言うことなんて」
 神父が大きく笑った。それがあまりにも場違いに楽し気に笑うのでアリシアは眉をひそめる。神父はひとしきり笑うと涙をぬぐった。
「AKAUMA。AKUMAねえ」
 声に少しばかり馬鹿にした調子になってアリシアは腹が立ったが今はそんなことを気にしている場合ではない。どうにかしてネイサンと共にここから逃げ出さなければならないのだから。
 ニア・ラティスの遺体が置かれているベッドの端に神父がどっかりと腰かける。
「キミの推理を聞こうじゃないか。どこまで正解か答えてあげる」
 好都合だとアリシアは内心笑う。やはり自分が賢いことを誇示したいのだ。余裕ぶって足を組んだ神父にアリシアは化けの皮を剥いでやると意気込んだ。
「……そうですね、まずはこの街にはイノセンスがありません」
 神父が少し呆けて口を開いた。だがすぐに笑みに変わる。
「それはどうして?」
「奇怪が小規模すぎる。開かない金庫が噂になって広まったのもケリー・グロッサの遺言があったからです」
「でも金庫は実際にはどのような行為をしても開いていない。それはどうして?」
「それはイノセンスと同じような物質で作られているからです。それはイノセンスでしか壊せない」
 神父は前屈みになり頬に手を添えた。とても行儀がいいようには見えない。言葉を発さないので続けろということだろう。アリシアは口を開いた。
「ダークマターですよね? 恐らくあなたがケリー・グロッサに与えたのでは?」
 神父は笑みを深くした。
「正解。でもどうしてわかったの?」
 なめないでくださいとアリシアがぴしゃりと言う。
「最初に疑問を持ったのはケリー・グロッサとあなたの関係です。どうやらとても仲が良かったようですね。ケリーが最初に遺言書を託したのもあなただった。よほど信頼されてたんでしょうね。最初はケリーが出資者であなたが神父だからだと思っていたからだと考えていましたが違いますね。ケリーは恐らく千年伯爵にも出資していた」
 神父は笑みを深くする。どうやら当たりのようだ。アリシアは続ける。
「どちらに転んでもいいように保険をかけていたんでしょうね。それだけ仲が良かったのなら無償で金庫を託すことも出来たはず。けれどケリーはそうしなかった。しかももなんらかの理由で出資を断られた……だから殺したのでしょう?」
 神父は黙ってニヤニヤしている。まだ完全ではないのだろう。腹立たしいがすべて種明かしをしなければ答えるつもりがないらしい。
「殺されると思ってケリーは二年前から準備をしていた。塔のあちこちにあった星のマークは警告だったのだのでしょう? 暗号は全て逆だった。なら星も逆のはずです」
 さかさまになった五芒星はあるものを差している。逆五芒星、つまりAKUMAだ。
 神父をくつくつと笑い手で顔を押さえた。歪むように口角が上がる。
「キミは本当に頭がいいんだね」
 すべてを肯定したのと一緒だ。だから神父は神田が金庫に斬りかかった時止めたのだ。切れてしまえばそこで話は終わっていただろう。アリシアは背筋が冷たくなるのを感じたが、悟られないようにキッと眼光を鋭くした。神父は愉快そうに頬に添えていた手を顎に移動させた。
「でもそれならボクの狙いは? どうしてケリーを手にかけたと思う?」
 一瞬アリシアは黙ったが、ややあって口を開く。
「グロッサの資産、組織、財閥を自分たちのいいように使いたかったんでしょうね。じゃないとネイサンくんをAKUMAにしようとは思いませんもんね」
 ラルフを狙わなかったのはネイサンさえ手に入ればうまく騙せると思っていたからなのだろう。だが神父は首を傾げる。
「ネイサンたちの親は? あいつらをどうにかしなきゃ遺産は手に入らない」
「簡単ですよ。彼らも私たちを先ほど足止めした時には殺してたんでしょう?」
 口惜しいが、間に合わないと踏んでアリシアは神田たちに告げなかった。恐らくもう生きてはいない。神父は残念そうに口を尖らす。
「半分正解で半分不正解」
 アリシアは目を見開く。だが神父はすっと立ち上がりネイサンを抱え込む。アリシアはトリガーに手をかけるが、一瞬にして神父が目の前から消えた。
 アリシアは視線を泳がせる。だが次の瞬間にはアリシアの手を神父の手が覆っていた。アリシアは息を飲む。その様子に神父はくすりと笑った。
「キミじゃボクには勝てない」
 囁くような声にアリシアは手が震えた。力量差は歴然としている。もしかすると今、彼に殺されていたはずなのだ。それをあえて見せつけて恐怖させることを楽しんでいる。アリシアは唇を噛み、大きく息を吐いた。
 そしてにやりと笑った。
「あなたは透過の能力を持っている。でも、不意の攻撃なら避けられないのでは?」
 そう言った瞬間、窓ガラスが割れて何かが飛び込んできた。リンクが間に合ったのだ。リンクが神父に向かって蹴りを放った。神父はよけようとしたが、肩口をアリシアに撃たれて反応が遅れた。蹴りを受けて神父は吹っ飛び壁に叩きつけられた。アリシアはにっこりとリンクへ笑う。
「リンクってお行儀よく見えて、とても足癖が悪いですね」
「失礼ですよ」
 ネイサンを奪ったリンクはふうと安堵のため息を吐いた。アリシアは急かすようにドアに近づく。
「さっさと行きますよ! 二人じゃこいつは壊せない。神田と合流しましょう!」
 すると腰にチクリと何かが刺さる。アリシアが見るとリンクが注射針を刺していた。アリシアはとっさにサルガタナスで撃つが、リンクには当たらなかった。
 視界が歪み、アリシアはドアにもたれかかる。リンクは平然とした顔でネイサンを抱え込んでこちらを見おろしていた。
「リ、リンク……?」
 すると神父が頭を振りながら、立ち上がった。
「いてて、ちょっとは加減してよ」
 するとリンクはいつものような表情ではなく顔を歪ませた。
「するわけねえだろ馬鹿神父」
 とてもではないがリンクの口調ではない。どろりとリンクの体が溶けた。暗くなっていく視界の中でアリシアは悔しさを噛みしめながら言葉を吐いた。
「あなた、誰……?」
 視界が完全に閉ざされるとアリシアは気を失った。


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