灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空15

 一行がラティス家に到着した時、場は騒然としていた。街の住民がラティス家の屋敷の前に群がっているのだ。野次馬根性とも言っていい。彼らが見ていたのは蝶だ。
 月夜を無数の蝶が空を舞い、漂っている。それはあまりにも美しく幻想的で気持ちが悪かった。アリシアは苦虫を噛んだように空を飛ぶ蝶を眺め、吐き捨てた。
「ちくしょう」
 AKUMAは近くにいると分かっていたのにどうして両家に被害が出ないと思っていたのだろう。これは挑発だ。AKUMAが近くにいてアリシアたちを嘲笑っている。
「ネイサン、行くよ」
 神父が背中を撫でて、ネイサンは青白い顔でゆっくりと頷いた。
「ネ、ネイサン……」
 背を追うようにラルフの手が伸びる。だがそれは神父に掴まれる。神父は口を堅く閉じて首を振った。ラルフは目を見開く。
 ネイサンは蝶を見た瞬間青かった顔が白んで、神父に支えられながらうつむきがちに家に入っていった。ラルフは人の目があるので入ってはいけなかったが、ネイサンの背をじっと見つめて拳を握りしめた。そしてばっとその場を駆け出す。
「ラルフくん!」
 アリシアは追おうとするが、リンクに阻まれる。ラルフは暗闇に消えていった。
「なんでですか
 アリシアが思わず声を荒げるとリンクは冷静に言った。
「方向からして恐らくラティス家の屋敷に入っていきました。大丈夫です」
 リンクはアリシアが頼んで色々調べてもらっていたのだ。大丈夫なのだろう。 
 アリシアは自分の無力さに下唇を噛んだ。
 神田も似たように表情が歪んでいる。
 一番冷静にことを見ていたのはリンクだった。リンクは感情の薄い声で淡々と言った。
「死体を解剖させていただきましょう」
 アリシアと神田が一斉にリンクを見る。するとリンクは二人を平然と見おろした。
「何を驚いているんです? まだ死因はわかっていません。ニア・ラティスは病弱でしたから」
 今回のAKUMAは人に目立った外傷を与えない。死体を解剖させてもらわないと分からないのだ。それはわかっている。わかっているけれど。
 神田が皮肉気に片方の口角を上げる。
「流石鴉。お前らは本当に心がないんだな?」
 神田の挑発にリンクは表情を変えなかった。
「何を感傷的になっているんですか? ここに来た理由は覚えておいでですか?」
 神田の眼光が鋭くなる。一方的ににらみつける神田と感情のなさそうに振舞うリンクにアリシアが間に入った。
「死体解剖は頼みましょう。けれど私たちの優先すべきはAKUMAの破壊です。そうですよね?」
 二人は黙り込んだ。続けてアリシアは言う。
「情報を整理しましょう。恐らくAKUMAは私たちの行動がわかっている。そして賢しい。能力的にもレベル2であることは間違いないでしょう。ですが私たちを狙わずニアさんを殺したのはなんらかの意味があるはずです。それがわかればいいのですが。――リンク、最近入ったメイドなどは居ましたか?」
 リンクは首を振る。
「いいえ、短くても二年は経っている者しかいませんでした」
 アリシアは思案する。
「二年、ですか」
 どこか引っ掛かりを覚える。確かラルフの母親が亡くなったのも二年前だ。
「二年前から失踪者は増えてます?」
「……いえ、それはありませんね。不審死もここ最近のことですから」
 資料で見た限りではAKUMAの被害がないようだ。けれどアリシアには違和感があった。
「では、浮浪者の数は? 街に来た流れ者は?」
 リンクが表情を変えた。
「二年前からケリー・グロッサが大規模な街の補修工事をしています。その為出稼ぎにきた者たちは少なからずいたでしょう」
 だとしたら人知れず殺されている可能性はある。宝探しの規模からいってその時に仕掛けたのだろう。これはきっと偶然ではない。ケリー・グロッサがそれを知らないはずがない。
 黒の教団への出資、宝探し、塔のマークであった五芒星。そして開かない金庫。
 すべてが繋がる。
 はっとしてアリシアは青ざめた。
「ラルフくんとネイサンくんが危ない! 無理にでも入りますよ!」
 人を押しのけて玄関に近づき始めたアリシアに神田が後方から声をかける。
「どういうことだ!?」
 アリシアは振り返らず言い切る。
「恐らく近くにいて、我々の動向を観察できたものがレベル2である可能性が高い。ラティス家かグロッサ家の関係者にAKUMAがいます!」
 ラティス家で関わったものはネイサン、ミケル親、グロッサ家ではラルフとその父。恐らくこの四択である。リンクもアリシアの後を追う。
「つまり二人の父親のうちどちらかがレベル2だということですか?」
「違います!」
 アリシアは努めて冷静に話した。
「ニアさんが亡くなった時ネイサンとラルフは私たちと一緒に居ました。二人はレベル2のAKUMAであることは薄い。けれど二人が動向をしゃべっていた可能性は高い。けれど、二人とも両親とは不仲です。話すことはないでしょう。家の者にも話さない。誰にしゃべっていたのか。いや、知っていたのは一人しかいません」
 そこまで言うとリンクがはっと声を漏らした。恐らく分かったのだろう。神田は一人わからないというように声を荒げた。
「誰だ!」
 アリシアも声を張った。
「わかんないんですかっ! 神父ですよ! あの人ならニアさんを殺せるし、遺体の隠蔽も容易い。私たちに近づくことも簡単です!」
 アリシアは思わず舌打ちしたくなった。ただのサボり癖のある神父だと思ったらとんでもない爆弾だったのだ。気づけなかった自分に腹が立つ。味方だと思って油断していたのだ。すべてを疑うのはエクソシストの基本だというのに。
 無理やり人だかりを前に進もうとすると人々にわざと阻まれた。
 人々の体が膨張し、破裂する。
 次々に現れたのは卵の殻のような憎々しいフォルム。
 神田とアリシアがイノセンスを発動させた。
 アリシアが言葉を吐き捨てる。
「最低最悪ですね」
 AKUMAの群れにアリシアは発砲した。


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