灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空13

「で? どういうことだ?」
 三人の視線はアリシアに集まっている。アリシアは得意げに胸を張った。
「もちろんヒントは星だけではありません。――ここ見てください」
 アリシアが再びしゃがみ込んで空洞になっている部分のヘリを触る。神田は少し場所を変えてなぞっているところを凝視して目を見開いた。文字が逆さに刻まれていたのだ。読みにくいが文字の内容は――。
「言葉は宙を舞い、想いは地に残る?」
 アリシアがうんうんと頷いた。
「さっき落ちた時目に入ったんです。でもこれ、逆さに書かれているということは、きっと反対なんですよ」
 アリシアは少し間を置いて言った。
「言葉は地に残り、想いは宙を舞うってところですかね」
 ラルフが不思議そうに首を傾けた。
「それって先のことまったく分かんねぇけど、なんかわかんの?」
 アリシアは嬉しそうに顔の前でちっちっと指を振った。
「前の暗号を思い出してください」
「空から街を見ろ?」
「そうです。そして私たちは塔に来た。暗号は塔にあると言っているようにも思いません? そしてヒントのある塔には星が描かれている可能性が高い」
 ラルフが腕を組んで唸る。そんなラルフをちらりと見ながらネイサンがアリシアに尋ねた。
「でもここにはもう秘密はなさそうですけど」
 アリシアはにっこりと笑った。
「この街には五十六もの塔があります。そのいずれかには必ずヒントがあるはずですよ?」
 アリシアの言葉に神田は顔をしかめた。
「つまりしらみつぶしに探さなきゃなんねえってことか」
「ま、そういうことですね」
 意味を理解したラルフがあからさまに表情を変える。
「うげえ。ってことは五十六棟全部見んの?」
 ラルフを見てネイサンも苦笑いした。
「四人で五十六棟見るのは大変だと思いますけど」
 アリシアが深く頷いた。どこか芝居がかった表情で二人の言葉に同意する。
「ええ、大変でしょうね。だから人数を増やして分散して探しましょう」
 ラルフが眉をひそめた。
「誰増やすんだよ? 余計に増やして遺産狙う奴がいたらオレは絶対嫌だぞ!」
 素直な意見にアリシアは笑って返した。
「大丈夫です。みんな遺産なんか狙わないような人ですよ。リンクとあとは――」
 とてもとてもあくどい顔でアリシアは笑った。
「ねぼすけを起こしに行きましょう」

 ***
 
「もう神父さん仕事だって言ったじゃない。こんな風に叩き起こさなくても……」
 神父が大きな欠伸をかいて不満そうにぶつくさ言っている。結局教会で寝ていた神父を神田が叩き起こし、三手に分かれて捜索中だ。メンバーはアリシアと神父、神田とラルフ、ネイサンとリンクといった分かれ方をした。教団のメンバーであるアリシア、神田、リンクをばらけさせたのは通信で連絡が取れやすいというのもあるし、それぞれを監視しやすいと考えたからだ。
「こんな何個も塔登らせて神父さん過労で死んじゃうよー」
 横でうるさく文句を言っている神父にアリシアがサルガタナスの安全装置を音を立てて外した。神父は震えあがる。
「いや、やめて! ぶち抜かないでっ!」
 アリシアは目をすがめて神父を見て呆れたようにため息を吐いた。
「あなたも一応黒の教団のサポーターなんですから手伝うのは当たり前でしょう?」
「そりゃあそうだけどぼかぁあくまでサポート。実際には探索部隊にやらせとけばいいのに」
「……こっちも色々あるんですよ」
 リンクの行動は実に論理的で動きに無駄がない。ルベリエ長官が言った通り探索部隊の何倍も的確で素早い情報にことはうまく運んでいるような気がする。けれど何を考えているかまでは読めない。ルベリエ長官の直属の部下であることは変わりないだろう。警戒を怠ることは出来ない。
「そういえば神父はここの人たちに馴染んでいるようですが、赴任して長いんですか?」
 少し神父は考えるように上を見た。
「まあ来だしたのは二年前かな? ばあさまとかラルフたちとはよく遊んだよ。懐かしいなぁ」
 目は眼鏡のせいでよく見えないが、口元は笑っているようにも見えた。誰かを懐かしむような少し寂し気な笑顔がアリシアにとってとても意外に見えた。
「あなたはケリーさんのことを好きだったんですね」
「んーどうかな? ばあさまは無口だったけど色々連れてってくれたからね。思い出はいーっぱいだよ」
 誰かを失う。幸いにも近しい人間が死んだことのないアリシアにとって推し量ることのできない感情だった。ケリーが亡くなってまだあまり時は経っていないが、神父はもう感情を整理しているようにも見えた。アリシアがじっと神父を見ていると彼はこちらを見て尋ねてきた。
「キミは誰か大切な人は居るの?」
 アリシアは微笑みながら頷いた。
「ええ、いますよ」
 アリシアの脳裏に浮かんだのはアールのことだった。彼は本当に穏やかで怒鳴ったところなど見たことがないし、アリシアに優しい。いつも笑顔を絶やさず、つらいときもうれしいときも一緒にいたかけがえのない人だ。
 神父がゆっくりとアリシアに顔を近づけて囁きかける。
「――じゃあ、もしその人が自分を裏切っていてもキミはその人を愛せるかい?」
 アリシアが笑い飛ばす。その笑い方に神父は目を見開いた。
「ありえません。彼のこと信じてますから」
「へえ、そう」
 アリシアのきっぱりとした言葉に神父は薄く笑った。その意味深な表情にアリシアは違和感を感じた。身なりのわりに香水を使ったり、ちゃらんぽらんかと思えば芯を突くような発言をする。印象がまるでちぐはぐだ。
「あなたって――」
 じりりとゴーレムが鳴る。どうやら神田かリンクから連絡が来たらしい。周りで羽ばたいているゴーレムを捕まえて撫でると繋がった。
「そっちはどうだ?」
 神田の機嫌が悪そうな声にアリシアは苦笑いする。ラルフと相性が悪そうだなとは思っていたが、やはりうまくいってないらしい。
「こっちは今五棟目です。そっちは?」
「三棟目だ」
 背後かラルフのはしゃいだ声がする。ゴーレムが珍しいのだろう。神田がラルフを乱暴な言葉で制止する声が聞こえてくる。アリシアが微笑ましくて笑っているとまた新たに通信が繋がったようだ。
「進捗はいかがですか?」
 冷静なリンクの声が聞こえてきた。
「神田は三棟、私は五棟です」
「遅いですね、こちらは七棟です。応援は必要ですか?」
「いらねぇよ」
 通話越しでも神田が舌打ちするのが聞こえた。相変わらず態度が悪い。リンクも癇に障ったようで神田に言い返す。
「実質あなたたちの倍はもう働いているんです合理的に考えてみては?」
「ああ?」
 いつの間にこんなに仲が悪くなったんだろうとアリシアは不思議だった。お互い関わり合いになろうとしていなかったのにどうやったらここまで喧嘩腰で罵り合うのだろう。アリシアが酔っぱらっている間に何かあったのだろうか。だが、今は捜索を一番に考えなくてはならない。アリシアが口を開いた。
「まあまあ二人とも、星はあったんですか? 私たちのところは二つありましたよ」
 神田がぼそりとつぶやく。
「一つだ」
 続いてリンクも言った。
「三つです」
 二人の進捗を聞いてアリシアは唸る。
「結構多いですね。星の場所は固定されてました?」
 リンクが素早く答えた。
「はい、ベルが固定されている場所に星がありますね」
「神田もそうですか?」
「ああ」
 つまり、一つ一つには謎がないということだ。アリシアと神父のところもそうで、ベルが固定されている場所に刻印されていた。これでは見つけにくいしゴロツキたちは見逃すだろう。
「とりあえず十棟ずつ様子を見ていきましょう。明日で終わらせますからね」
 神田は舌打ちをして通信を切って、リンクはため息を吐いてアリシアに尋ねた。
「あなたはよくあんな人といっしょにいられてますね」
 アリシアは苦笑いする。
「いや私だって口喧嘩ばかりですよ」
「喧嘩するだけの価値がない」
「ああ……でも」
 リンクが少し苛立ちながらなんですかと聞いてきた。少し考えてからアリシアは答えた。
「あいつもすべてが悪いってわけじゃないんです。短気だし口も悪いけどちゃんと人に感謝できる人なんですよ」
 通信機が沈黙した。リンクが黙るなんて珍しい。
「リンク?」
「……なんでもありません。引き続き捜査します」
 そう言って通信が切れた。アリシアは首を傾げた。
「なんなんでしょう?」
 神田もリンクも今日はなんだかおかしい。横で神父がくすくすと笑った。
「いやあ、若いっていいねえ」


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