▼ 権力者たちの空6
「食べるか、しゃべるかどちらかにしてください。はしたない」
レストランで食事にがっつくアリシアにリンクが眉をひそめて額に手を当てる。ホテルを取り食「まったく、なんなんですか、モゴ、あの人たち! 私たちのこと馬鹿にしすぎでしょ?」
事に出かけたのだが、それまでずっとアリシアはこんな調子だった。よほど頭に来たのだろう。
「嫌です、野蛮人なので教養がないんです」
リンクはため息を吐く。
「あの時はああ言うしかなかったですが、本当に出資を断られでもしたら一大事ですよ? グロッサ家は世界有数の豪商なんですから」
アリシアが鼻息荒くまくし立てる。
「裕福な家の出の癖になんであんなに品性がないならあの家は今代で終わりです。ああ、ほんと胸糞悪いったら」
アリシアはステーキにフォークを乱暴に刺す。指摘するのに疲れたのかリンクはもう何も言わない。神田はアリシアの向かいの席で顔をしかめる。
「飯が不味くなるからその話題は止めろ」
「だって、むかつきません? 神田だってイノセンスかもしれないものをぶった切ろうとしたじゃないですか! イノセンスだったらどうなるかわかりませんよ?」
「あんな攻撃で壊れるようならイノセンスじゃねえよ」
「わかりもしない理論で片付けようとするのは良くありませんよ」
二人のにらみ合いが始まったところでリンクがフォークを置き、ナプキンで口元を拭った。そして席を立つ。
「あれ、リンク、トイレですか?」
リンクはアリシアを見下ろしてため息を吐いた。
「お会計を先に済ませようと思っただけです。あなた方の不毛なやりとりに付き合うのは御免なので。私は先にホテルに戻ります」
あっさりと席を離れ、リンクはレストランを出てしまった。流石にそれ以上喧嘩しようという気が起きなくなったのでアリシアは丁寧に肉を切る。神田も食べ終われば先に席を立ってしまうだろう。その前に聞きたいことがあった。
「ねえ、神田。リンクのことどう思います?」
神田は眉をひそめたが、珍しく無視しないで答えた。
「別に、ルベリエのとこの犬はあんなもんだろ?」
「いや、そうじゃなくて、おかしいと思いません?」
「……どういうことだ?」
アリシアは少し間を置いてから口を開いた。
「理由が薄い気がするんですよ。パートナー制度に疑問があるから部下を付けさせるだなんて。報告を受けるだけでも有用性がわかると思いません? それに長官がわざわざ私たちには会いに来て、探索部隊を外して監査官にやらせてるんですよ? まるで監視みたいに」
神田の食事の手が止まる。少しは思う所があるようだ。アリシアは続ける。
「この任務もなんだかきな臭いです。所有者が出資しているからといってヴァチカンの機関を止められるとは思えない。あんな金庫持って行ってしまえばいいのに。奇怪が小規模すぎます。開かない金庫なんて本当に胡散臭い」
神田は止めていた手を動かし始めた。そして食事をアリシアより先に終えて立ち上がる。
「俺たちはエクソシストだ。疑問なんて持たずにただこなしてればいいんだよ」
アリシアは盛大にため息を吐いた。
「本当に単純思考の方は羨ましいですね」
「うるせえ」
神田が背を向ける。ホテルに向かうのだろう。アリシアはその背中に問いかけた。
「ねえ、神田」
「ああ?」
振り返った神田にアリシアは尋ねる。
「あなたはなぜそんな風にエクソシストという役目にプライドを持てるんですか?」
アリシアにはそんなプライドは持てない。無理やり連れてこられてエクソシストに仕立てあげられ、大義名分のために命を懸ける。アリシアにとって意味のないことに思えるのだ。
神田はまっすぐアリシアを見て言った。
「――蓮の花が見たいから」
アリシアが首を傾げる。
「蓮?」
神田ははっとしてこれ以上ないほどしかめっ面になった。
「なんでもねぇよ。そんなこと自分で考えろ馬鹿チビ」
「なっ! そういえば神田列車で寝てたでしょう!」
神田がぎくりと体を動かした。
その様子を見て確信に変わる。
「ははーん、やっぱり! なんにもわからないまま面倒くさくなってぶった切ろうとしたんですか! 本当短絡的というかなんというか……!」
「結果お前もキレて脅したんだから一緒だろ?」
「私はあれが一番効果的だとあえてしたんです。馬鹿と一緒にしないでください」
「テメェ……!」
にらみ合いになったところで、ふと脇に黒いぼさぼさの髪が現れた。
「ねぇねぇ、ぼかぁいつになったら気が付いてもらえるのかな?」
驚いてのけぞったアリシアは転げそうになり、慌てて座り直した。神田も驚いたのか身構えている。神父は笑う。
「あ、驚いた? ごめんねぇ。いつ気が付くかって楽しくなっちゃって」
「いや、いいんですけど。なんの用ですか?」
神父は懐から一つの手紙を取り出した。それをテーブルに置く。
「ニア・ラティス様からの手紙だよ。開けてみて」
確かニアというのはネイサンの母親の名前だったかのように思う。封を切ると、綺麗な字が並んでいた。主に先ほどの非礼を詫びるものだった。そのあとに出来うる限りの協力をする旨が書いてある。アリシアはうさん臭げに手紙をテーブルに置く。
「権力争いに巻き込まれるのはごめんですよ?」
アリシアのけん制に神父は軽く笑う。
「彼女は大丈夫だよ。保証する。ラルフも懐いてる優しい人だ」
「じゃあ、明日屋敷に来て欲しいっていうのは?」
「彼女はこのくだらない権力争いを憂慮している。早く見つけて欲しいから情報を提供するつもりなんだろう」
アリシアは唸った。
「もちろん神父様も付いてきますよね?」
なぜか神父は首を振った。
「えっ嫌だよー。ぼかぁこの時間外労働でへとへとだ。明日はゆっくりベッドで寝たい」
アリシアはにっこりと笑う。
「仲介役がいないまま押しかけたら、大変なことになるでしょう? いいから付いてきてください」
「ええ! いや――」
神田が六幻に手をかけるのを見て神父は慌てて頷いた。
「うんうん、行きますよー! 神父どこへでも行っちゃう!」
あからさまな態度の急変にアリシアはくすりと笑った。
「じゃあ、決まりですね。じゃあ、迎えに行きますからちゃんと起き来ててくださいね」
「は〜〜い」
がっくりと肩を落とす神父にアリシアは苦笑いしつつ、食事をほおばった。
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