灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空5

 ガス灯の灯る街を歩く。
 もう街はすっかり暗くなっていて、観光地であるこの街はどこかしらから賑わいのが聞こえる。アリシアのお腹も最高潮に減っていた。
 だが、夕食をリンクが許すわけもなく、アリシアはため息を吐いた。
 リンクを先頭に歩き、アリシアはただ付いて行くだけだ。アリシアの後ろには神父と子供たち最後に神田が周りを見張りながら足を進めている。
「結局、これからどこに行くんですかー?」
 リンクは振り返らず言う。
「街の集会所です。これも列車内で言ったはずですが」
 お説教が始まりそうな予感がしてアリシアは素早く話題をすり替えた。
「わかってますよ。ただ、ケリー・グロッサが住んでいた屋敷でもいいんじゃないかと思っただけです」
 すると背後からラルフの馬鹿にした声が届いた。
「ばっかじゃねぇの? ばあちゃんの屋敷はお宝でいっぱいだぜ? そこに誰かが物をちょろまかしたらどう責任取るんだよ」
 言い方は悪いがつまりは両家の確執は筋金入りらしい。実際資料ではラルフとネイサンはいとこであり、父親たちは異父兄弟だ。だが確執は深いらしい。誰も信用せず、遺産を奪い合っているということだろう。
「ケリーさんは著名な収集家だと聞いたので少し見てみたかったんですけど、残念ですね」
 ケリー・グロッサは収集家の中でとても有名な人間だったらしい。興味あるものはすべて集めたらしく、その量は大きな屋敷でも入りきらなかったという。収集仲間には業突く張りや節操なしと言われていたほどだ。
 リンクが静かに言った。
「ケリーさんの遺産物は全て調べました。それらにイノセンスの可能性はありません。両家の方にはとても嫌がられましたが」
 アリシアは苦笑いする。親族も信用できないのだから当然だろう。
 神父が大きく欠伸をする。
「いいから早く行きましょう。ぼかぁさっさと終わらせて寝たいんだ」
 ラルフが呆れたように声を上げた。
「少しは心の内を隠せよ馬鹿神父」
「嫌だね。黙ってて損なんかしたくないもの」
「ま、まあまあ、神父様は忙しいんだから仕方ないよ」
 神父がぱあっと表情を明るくする。
「流石ネイサン! 僕の気持ちを汲んでくれてありがとう」
 わしわしとネイサンの頭を撫でる神父にラルフはむっとして手を払いのけた。
「ネイサンに触んなっバカ神父!」
「いった! ホント、ラルフって出自を疑うレベルの乱暴者だよね。神様が救ってくれないよ?」
 ラルフは急に真顔になって小さく呟いた。
「神様が俺なんか救ってくれるわけねぇだろ」
 
 ***
 
 街の集会所に着くと、外からでも聞こえる怒号が耳に届いてきた。
 振り返り子供たちを見てみると、ラルフは顔をしかめネイサンは苦笑いをしている。どうやらいつものことらしい。
 リンクは躊躇もせずドアを開けて中へ入っていく。アリシアは少し戸惑ったがリンクに続いた。
 中は程よく調度品が置かれていて、街並みからすると豪奢だ。大きなテーブルが中央に置かれており、向かい同士に三人の大人が座っていた。一人は小太りの男でズボンから肉がはみ出ている。その反対には神経質そうに髪をかき上げスーツを綺麗に着こなしている男だ。横にはおろおろと二人を見ている女性がいた。
 小太りの男が怒鳴る。
「お前は正当なグロッサ家の跡取りじゃない! なぜ卑しくもママの宝を狙おうというのだ!」
 すると神経質そうな男が馬鹿にしたように笑う。
「落ちぶれたグロッサ家を救ったのは私の父だ。母はそのレールを渡ってきただけだよ。そんなこともわからないからお前は駄目なんだ」
 小太りの男の額に青筋が浮かぶ。その様子に女性が戸惑っている。
「今は教団の方を待つのでしょう? 怒鳴り合いをしに来たのでは……」
「うるさいぞっニア! お前こそ遺産欲しさにこの場に居るのだろう? 浅ましい売女が!」
 アリシアはため息を吐いた。思わず目をそむけたくなるような醜悪さだ。異父兄弟同士でいがみ合っているのは本当らしい。こんな風にいがみ合われては子供たちは隠れてしか遊ぶことが出来ないだろう。
 リンクは臆することなく中へ入り、大きく手を叩いた。
 ぱあんと音が響き、三人がこちらを向く。
「お待たせしました。黒の教団です。例の金庫は持ってきていただけましたか?」
「黒の教団ねぇ」
 小太りの男がリンクたちを上から下までじっとりと眺め、馬鹿にするように笑った。
「服は御大層なものを着ているが中身が伴っているとは思えんな。盗人かもしれん」
 そっとリンクがアリシアたちに耳打ちする。
「太っているほうがラルフ・グロッサの父親のウォルフ・グロッサ。もう一人がネイサン・ラティスの父、ミケル・ラティスです」
 いきなりの物言いにアリシアは無理やり笑顔を張り付けた。なんて奴だろう。初対面の人間にこんな乱雑な物言いをされたのは久しぶりだ。顔が引きつらないか心配だったが、代わりにラルフが思い切り顔をしかめた。
「いい加減にしろよ親父! 失礼だろ」
「ラルフ! お前どこに行ってた! 帰ったらきちんと説明せい」
 アリシアはウォルフということを妙に納得した。なるほど口が悪い。
 対するミケルであろう神経質な男は立ち上がり、にっこりと笑って歩み寄ってきた。
「どうも、お見苦しい所を私はラティス家の当主でございます。あちらは私の妻のニアです。わざわざご足労頂いてありがとうございます」
 ミケルはどうやらまともそうだとアリシアはほっとした。
 ミケルはリンクに手を差し伸べる。リンクはその手を握り返した。
「ご丁寧にありがとうございます」
 手を離した後、リンクが周りを見渡しているときにミケルがハンカチで手を拭いているのを見てアリシアは幻滅した。どちらの当主も醜悪極まりない。
 リンクは気が付いていないのか抑揚なく言う。
「金庫はどちらに?」
 大きく息を吐いてウォルフが嗤った。
「心配しなくても部下が持ってくる」
 ウォルフが指を鳴らすと奥の扉から数名が重そうに金庫を運んできた。一般的な金庫より少し大きい。特に大きい以外にこれといった特徴もなく、装飾もない。コレクターだったと言われていたのに違和感がある。
「それで? エクソシストはどこだ?」
「……私とこちらにいるものですが」
 アリシアが答えるとウォルフが顎でアリシアたちに促す。
「早く開けんか」
「は?」
「そのためにお前たちを呼んだのだ。早く開けろ」
 ミケルも笑顔を張りつかせて頷く。
 アリシアはぽかんとしてしまう。よく意味が分からない。アリシアは小声でリンクに尋ねる。
「ちょっとどういうことですか?」
 彼はなんてこともないように答えた。
「イノセンスであればエクソシストが干渉出来うるかもしれないとは言いましたが、まさか飛躍されて伝わったようですね」
「淡々と言うことですか! 第一適合者でもない限り他のイノセンスに干渉できるなんて聞いたこともないですよ?」
「そう言わないと交渉すらしてくれなさそうだったと聞いています」
 思わず歯ぎしりしそうだ。ようするに彼らは鍵開け要員として足で使おうとしているのだ。ウォルフがじれったそうに言ってくる。
「ほら、はようせんか」
 アリシアが戸惑っていると、神田が六幻を発動させて前へ躍り出た。
「くだらねぇ。要するに開けて欲しいんだろ? だったら――」
 六幻を振り上げて神田は金庫に詰め寄った。
「ぶっ壊してやるよ!」
 アリシアが止める間もなく神田は思いっきり振り下ろす。だが寸でのところで神父が神田の腕を掴んで止めた。
 神田がぎろりと神父をにらみつける。
「……離せ」
 神父は首を振る。
「駄目だよ。僕の給料が減っちゃうからね」
「てめぇごとたたっ切るぞ?」
 一瞬、神父が笑ったように見えた。だが次の瞬間には震えて手を離す。
「なんて怖い子なんだ! ぼかぁなんの取り柄もない一般人だよ? 黒の教団こわっ」
「そうだ! よりにもよってママの宝物が傷つくところだったんだぞ! どうなっている!」
 唾を飛ばして怒鳴りつけるウォルフに、アリシアは顔をしかめる。本当に便利屋かなにかと思っていたらしい。ミケルも顔を赤くして唇を震わせている。
「こんな乱暴な開け方をするとは聞いていない! 中の遺産が壊れでもしたら君たちは責任が取れるのかね!」
 リンクたちを怒鳴りつけ始めた二人にアリシアは辟易した。こちら側の伝え方も悪かったのかもしれないが、どう考えても遺産目当てで中の物を壊さずに出して欲しいらしい。
 ウォルフが興奮して怒っている。
「黒の教団は私たちグロッサがいるから活動できるんだろうが! それを、こんな……! 出資を取りやめてもいいのか?」
「そうだ! 事の次第によってはお前たちに請求するぞ!」
 アリシアはリンクを見る。
「どういうことです?」
「言葉通りです。つまり、黒の教団は多額の出資をしていただいているということですね」
 アリシアは息を吐く。つまりはお得意様だから印象を良くしなければならないということだろう。中央庁がわざわざ足を運んだのもこのせいかもしれない。
「……面倒ですね」
 アリシアはサルガタナスを発動させて上へ向けた。そして引き金を引く。
 乾いた音が部屋を穿った。
 天井に穴が開き、ぱらぱらと破片が落ちてくる。部屋の中は騒然となった。
「な、なん……」
 驚きすぎて二の次が言えないウォルフに、固まってしまったミケル。リンクでさえも呆然としている。
 アリシアはにっこりと笑った。
「冷静になれました? じゃあ、話を進めますね」
 アリシアは金庫に歩み寄り、手で触れる。
「これを調べるために私たちはやってきたわけです。金庫開けでも泥棒でもありません。それに私たちはエクソシストですよ? あなたたちの事情なんて憂慮しません。けど、そうですね――」
 アリシアは考えている風に唸り小首を傾げる。
「私が聞いていたのは鍵を見つけて欲しいという要望でした。だとしたら利害が一致するんじゃありませんか? イノセンスにはロジックがあります。なんらかの理由で奇怪が起き、イノセンスの願いを聞き届けた時、初めて奇怪が収まる。だとしたらこの開かない金庫が願っているのは鍵です。鍵を探せばおのずとイノセンスなのかそうじゃないのかわかります。そしたらあとはお好きにどうぞ?」
 にっこりとしながらアリシアは言い切った。
 部屋が静まり返る。口を開いたのは神父だった。
「いいじゃないですか! 誰も傷つかずお互い得たいものを得る。まさにウィンウィンだ。僕も仲介役といて頑張りますのでどうかこの提案を飲んでみては?」
 ウォルフが口をもごもごと動かす。
「だが、こんな野蛮人共を信用しろと?」
 アリシアが笑顔を張りつかせて言う。
「野蛮人だというのなら、もっと手荒い方法で持っていくことが出来るんですよ。例えば一家がこつ然と姿を消した……とかですかね?」
 三人が目を見開く。意味は伝わったようだ。
「残念ながら出資されている方なんていくらでもいるんですよ。確かに手痛い損失にはなるでしょう。けれどそれだけです。私たちはもともとあなた方の願いを聞く義理なんてないんです。わかります?」
 ミケルがわなわなと口を震わせる。
「なんて失礼な……!」
「失礼で結構。私たちが受けた侮辱をそのまま上に報告してなんらかの制裁を加えることだって出来るんです。ね? リンク」
 リンクは一瞬眉をひそめたが、頷く。
「そうですね、気は進みませんが協力していただけないなら仕方ありませんね」
 ミケルが小さくつぶやく。
「外道が」
 アリシアは笑顔で神父のほうへ向く。
「神父さん、後の仲介任せました。私たちは嫌われてしまったようなのでこれで失礼します。あ、それと――」
 にっこりと笑ってアリシアは彼らに向かって言った。
「神は外道でもクソ野郎でも救ってくださるようなのでちゃんと祈っていたほうがいいですよ? では、あなたがたに神のご加護がありますように」


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