灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空4

 街の中心部にあるポポロ宮と呼ばれている協会にたどり着いた。見た目は質素すぎて教会には見えにくい。だがリンクは迷いなくまっすぐに歩いてきたので間違いないのだろう。アリシアが空を見上げると大きな塔が見える。
 ポポロ宮に隣接して建っている塔はこの街の中でも一番高そうに見えた。
 リンクがドアに手をかけてアリシアを見る。
「ほら、入りますよ」
 アリシアは無言で頷く。
 なぜ彼の言葉はこんなにも責めているように聞こえるのだろう。アリシアは先ほどの不注意ですられたサルガタナスを撫でた。
 父からもらった大切な銃を取られたの気が付かないなんて、恥以外なんでもない。少し緊張感がないのではないかと自責するばかりだ。
 不本意だが神田にあって自分に足りないのはエクソシストとしての自覚なのかもしれない。オルゴールの街で痛いほど感じた。神田と自分との違い。それはエクソシストとしての矜持なのだろう。アールと一緒だとこんなこと考えもしなかったのに。
 背後から声が掛かる。
「はよ歩けチビ」
「うるさいですよ。まったく」
 アリシアは顔をしかめてドアをくぐる。
 ポポロ宮の中に入ると質素な外観と変わらず中身も質素で必要最低限しか置かれていない。規則的に置かれた木の長椅子の先に小さな教壇が置かれている。神父の姿は見えない。
「留守でしょうか?」
 リンクが首を振る。
「この時間にお伺いすると伝わっているはずですのでそれはないでしょう」
 すると先ほどまで黙っていたラルフという少年が口を開く。
「あのクソ神父のことだからどうせ寝てるって」
 ラルフの物言いに隣にいた少年が咎めた。
「そんな言い方は良くないよラルフ。神父様はここ最近忙しいんだから」
 アリシアは顎に手を当てる。確か資料で読んだはずだ。
「ここ最近原因不明の突然死が多いそうですね?」
 ラルフが頷く。
「わっけ分かんねぇけどな。気味が悪いったらねぇや」
 住人たちが不穏に感じるほど人が死んでいるとなるとかなり続いているようだ。アリシアが思案にふけり始めると、神田がアリシアを通り越して一つの椅子に近づいた。そしておもむろに椅子の足を蹴った。
「おい、起きろ」
 そこには誰もいないように見える。アリシアは首を傾げた。
 神田が六幻を発動させて振り上げた。六幻は勢いよく椅子を刺して派手な音を立てる。
「次、寝たふりしたら首吹っ飛ばすぞ」
「ひええ!」
 衣服が擦れる音がして椅子の下から黒いカソックが現れた。髪の毛は飛びはねて、そられていない不精髭、瓶底メガネで目が見えない。見るからに小汚い青年が出てきた。青年は頭を掻く。
「なんて荒い起こし方なんだ。神もそんな横暴許されるのだろうか」
 不満を訴えた神父を神田はにらみつける。神父は怖気付いたように後ろに下がった。
 それを見たラルフが呆れたようにため息を吐く。
「相変わらず馬鹿やってるからだ。神父らしくしろよったく」
 ラルフの言葉に神父は口を尖らせる。
「僕は楽できると思って神父になったんですう。こんな毎日毎日葬式だらけじゃ、ぼかぁ過労死で死んじゃうね」
 どうやら真面目な神父ではないようだ。リンクが眉間にしわを寄せて言う。
「きちんと約束は守ってほしいところですね。……黒の教団です。ご同行していただける手はずだったはずですが」
 神父は口を曲げてさらに頭を掻いた。
「ああ、あーわかってますよ。ラティス家とグロッサ家の仲介ですね。あーめんどくさい」
 気怠さを隠そうとしない神父にリンクは顔をしかめて口を開こうとした。だが、アリシアが手で制する。
「それもお願いしたいんですけど、この子たちも一緒に連れて行っていいんですよね? 関係者ですし」
 アリシアの言葉にリンクが目を見開く。神父も少しぽかんと口を開けた。少年たちも同様だ。リンクがアリシアに問う。
「なぜ、関係者だと?」
アリシアはにっこり笑って言う。
「答えは簡単です。この子たち服装は下町風の格好ですが、異常に姿勢がいい。教育をされた結果です。歩き方も綺麗ですしね。ラルフくんは言葉は荒っぽくしていますけど、そんなのはすぐにぼろが出るものですよ」
 リンクが片眉を上げる。
「その理由ですと両家に関係するかどうかはわかりませんが」
 少し得意気にアリシアは胸を張った。
「良家の子が下町の格好をしてスリをするなんてよっぽどです。なにか理由があるとするなら、そんな服装をしてでも遊びたいと思える友達がいるということですよ。ね? ネイサンくん?」
 名指しされてネイサンはびくりと飛び上がった。
「ど、どうして僕の名前……」
 アリシアは少しかがんで微笑んだ。
「ラルフという名前がわかっていましたから、それに警察に突き出そうとしたらおばあさまがと言いかけたのでこの街で権力を持っている老婆だとしたらケリー・グロッサしかいないと思いましたから。そのラルフくんがその子と遊んじゃいけなくて良家の子と言ったらネイサン・ラティスしかいない、ということですよ」
 ラルフが感心したように頷いた。
「へー! チビの癖にやるじゃん」
 アリシアはラルフのほうを向いて口をひくつかせる。けれどラルフは関係なしに胸を張った。
「オレはラルフ・グロッサ! ばあちゃんの大事な孫だ。そしてこいつはオレの親友の――」
 隣にいたネイサンがはにかんで笑う。
「ネイサン・ラティスです。僕もおばあさまの孫です」
 つまり、今回の任務の渦中にいる二人ということらしい。ラルフがふふんと笑った。
「どうだ! 恐れおののけ!」
 ラルフの言葉にアリシアは苦笑いする。
「まあ、ラルフくんの性格はもともと悪いようですから、もう少し教育してもいいかもしれませんが」
 言ってアリシアはホルスターに手をかける。ラルフは慌てて神父の後ろに隠れた。
「そう苛めないでください。ラルフは元からちょっと……」
「おい、馬鹿神父! フォローになってねぇ!」
「そのようですね」
 頷き合うとラルフが憤慨して地団駄した。リンクが割って入る。
「事情は分かりました。じゃあ、おとなしくついてこれますね?」
 ラルフとネイサンの縄をほどいてやる。するとラルフは嘲るようにリンクを見て笑った。
「家に帰るんだから別に暴れたりしねぇよ」
 物言いにリンクは顔をしかめたがなにも言わなかった。
 代わりに無言を貫いていた神田が口を開く。
「話がまとまったならさっさと行くぞ」
 今度はアリシアが眉をひそめた。
「相変わらず空気が読めないですね、本当。協調性って言葉を知ってるのか怪しいところです」
 神田がアリシアを嗤う。
「そんなもんなくたって困らないんでな」
アリシアはふうと息を吐いて笑顔を作った。
「やはり言葉を知らないととても不便ですね。ラルフくんもあんな風になりたくないでしょう? ちゃんと勉強しましょうねー」
 くあっと表情を変えて神田が怒鳴る。
「聞こえてんぞ馬鹿チビ!」
「わざと聞こえるように言ってあげたんです! いい勉強になったでしょう?」
 不毛な応酬が続く中、リンクがため息を吐く。
「いいから行きますよ。こんな所で低レベルな喧嘩しないでください」
 アリシアと神田が一気にリンクをにらみつける。そんなのを物ともせずにすたすたと出口へ向けて歩いていく。それを見た神父がラルフに尋ねた。
「あの人たちめっちゃ仲悪いの?」
「見た感じはそうなんじゃね?」


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