灰男小説 | ナノ


▼ 権力者たちの空3


列車を降りた一同は目的の街へとたどり着いた。もうすぐ陽が沈む。街は薄茶色のレンガの街並みが続いていて夕焼けを反射している。簡素だがとても綺麗だ。
任務の詳細を知っているリンクが先導して前を歩いている。後ろにはつまらなそうに付いてくる神田。アリシアは周りを見ながら嘆息した。周りには観光客じゃなさそうな見るからに怪しげな連中がうじゃうじゃいる。
「フィレンツェ、ねぇ」
 アリシアが不満そうに声を漏らす。それに反応したのは神田ではなくリンクだった。
「ここも立派な観光地ですよ」
「それは、そうですけど……」
 辺りを見回すと乾いた薄茶色のレンガが辺りを占めている。レンガを積み上げたのであろう塔がいくつもあり、壮観だが正直見栄えしない。アリシアは華のある都市を想像していたので少し期待外れだ。アリシアの顔を見たリンクが眉根を寄せる。
「この街は十四世紀の街並みをそのまま残しています。歴史的価値がある街ですよ。それに観光地としても――」
 続けようとするリンクにアリシアがうんざりしたように声を上げる。
「わかってます。わかってますよー。もう列車内で散々聞きました……」
 列車の中でリンクから今回の任務についての説明があったのだが、なんとも高尚な話だった。街の歴史から街のおばあさんの趣味まで事細かに説明してくれたのである。
 情報はありがたいが、聞く側だったアリシアと神田は辟易するばかりだった。特に神田は長い説明に嫌気がさしたのか目を開いたまま寝ているんじゃないかと思うほどで、質問もせず黙り込んだままだった。現に今も無言で後ろを付いてくるだけだ。
 オルゴールの街ではアリシアが資料の話をしようと言ったら断固として拒否してきたというのに、理不尽である。
 逆にアリシアは黙って聞いていると、問いを出され、間違うとまた説明に入るという地獄を味わい、早く街に着かないかとずっと思っていた。優秀なのはわかったが、一癖も二癖もありそうな監査官にアリシアはげっそりした。神田のことはほぼ無視なのにこの扱いは何だろう。嫌われてしまったのだろうか。
 ――でも、嫌われることなんてしてないはずですけど。
 むしろ握手を拒否したり、嫌がらせのように質問してくるリンクのほうがよっぽど質が悪い。嫌いになるのはこちらのほうだろう。
 街に着いたアリシアとしては宿に行きたい。
 アリシアは重たい足取りでリンクに尋ねる。
「あの、本当に今日行くんですか?」
 前をキビキビと歩くリンクが振り返りもせず言う。
「当たり前です。何のためにここに来たのかわかっているでしょう?」
 リンクが言うには今から問題のイノセンスらしき物を見に行くらしい。長時間の移動で疲れ切っているアリシアとしては明日でいいんじゃないかと思うくらいだ。思わず足が止まる。
「わかってますけど、今AKUMAが来たら私はやられる気がします」
 流石に足腰にガタが来ている。少しでもいいから横になりたい。
「……鍛錬が足りねぇんだよ」
 背後から聞こえてきた声にアリシアは強く反応する。
「聞こえてますよバ神田ぁ!」
 神田は鼻を鳴らすだけでアリシアを無視する。アリシアが口火を切ろうとするとリンクがすかさず口を挟んだ。
「さっさと行きますよ」
 歩みを乱しもせず進むリンクにアリシアは大きくため息をする。
「……監査官殿は後ろに目が付いてるのでしょうか」
 アリシアがぼそりとつぶやくとリンクは振り返った。それはもうとびっきりの笑顔で。
「軽口が叩けるうちはまだ大丈夫です」
 アリシアはリンクの笑顔に震えあがり、歩き始める。逆らってはいけないと本能が察した。
 周りは明りが灯り始め、レストランやバーが始まりそうな勢いだ。
「リンク、せめて夕食の後でも……」
「いけません」
 ぴしゃりと言われてアリシアは肩を落とした。夕食は当分先になりそうだ。
「それにしても……」
 アリシアが周りを見て顔をしかめた。
 そこら中ガラの悪い輩があちこちを歩いている。観光地とはいってもなんだかおかしい。ゴロツキ連中は目をギラギラさせて声を小さく何かをしゃべっている。どう見てもいい雰囲気じゃない。アリシアは列車内で見た資料に書かれていたことが問題なのだろうとため息を吐いた。
「それで? 問題の――」 
 背中にどんと何かが当たった。アリシアは衝撃でよろける。
 アリシアが驚いて振り返ると、その脇を少年二人が走り抜けた。
「ワリい、姉ちゃん!」
「ご、ごめんなさい!」
 どうやら近くに住んでる子供たちがぶつかってしまったらしい。アリシアはにこやかに手を振る。
「ちゃんと、前向いて走ってくださいねー!」
 少年たちはアリシアに応えるように手を振り返し走っていった。
「いやあ、子供はどこでも元気ですね」
 前に向き直ると先を歩いていたリンクがこつ然と姿を消していた。
「あれ、リンク?」
辺りを見回すが、どこにもいない。首を傾げていると背後から声が掛かった。
「おい、馬鹿チビ」
 眉間にしわを寄せながらアリシアが振り返ると、神田が面倒そうにアリシアの腰を指さした。
「すられてんぞ」
「へ?」
 腰に手を当てるとホルスターの中にあるはずのサルガタナスが無くなっている。アリシアは飛び上がった。
 いつどこでと考えてさっきの少年たちを思い出す。おそらくさっきすられたのだ。
 神田に深いため息を吐かれる。
「使えねぇからって油断すんな馬鹿」
「わかってたなら捕まえてくださいよ!」
「テメェの不注意だろうが」
 アリシアはわなわなと震えだす。なんて街だろう。周りはゴロツキばかりだし、この街はどこかおかしい。
 アリシアは走り出す。だが、背後から襟を掴まれてカエルのようなうめき声をあげた。咳き込みながら恨みがましく神田をにらみつける。
「何するんですか!」
 神田がため息を吐きながら前を指した。つられて前を向く。
「離せっ! 二連赤ボクロ!」
「すみませんすみません!」
 リンクが先ほどの少年たちを俵抱きにして歩いてきていた。少年たちは綺麗に縛られている。活発そうな少年はしきりに身体を動かして蹴りを食らわしているがリンクはものともしない。もう一人の少年はしおらしく目に涙を浮かべて謝っている。
 対するリンクは無表情でアリシアに近づいてきていた。あまりの迫力にアリシアは後ずさる。
 目の前まで来ると少年たちを降ろして手を差し出した。手のひらの上にはサルガタナスが置いてある。リンクは目を鋭くしてアリシアに言った。
「気を付けてください。あなたは神の使徒として唯一無二の存在なんですから」
 口調はきつくはないのにアリシアの胸に深く刺さった。
 アリシアはうつむく。
「……すみません」
 神田がアリシアの前へ行き、少年たちを見下ろす。
「警察へ連れてくか?」
 少年たちが目を見開く。
 活発そうな少年が嘲るように声を張った。
「俺たちを警察へ連れてったって意味ないぞ! なんたってばあちゃんが……!」
「ラルフ! しー!」
 どうやら訳ありらしい。アリシアはにこやかに微笑んだ。
「警察に連れて行ってもダメなようですから、それ相応の罰を受けるのもいいかもしれませんね」
 サルガタナスを発動させて安全装置を外すアリシアに少年たちは震えた。
 怯える少年たちを見てリンクは首を振る。
「そんな時間はありません。丁度、教会に寄らなければならないのでそこに預けましょう」
 少年たちがほっとするように息を吐く。
 アリシアはサルガタナスの発動を解いて、前を向いた。
「仕方ありませんね、行きましょう」



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