▼ あなたに愛が届くまで17
時計の二つの針が重なろうとしている。
アリシアが隣にいた探索部隊の隊長に紙切れを渡す。
「もし、私が倒れたらこれを見てください」
隊長は神妙に頷いた。
アリシアも微笑む。
「負けた想像なんてしてんじゃねーよ」
二人はホテルの部屋で真剣に話し合っていた。
この部屋は最初に取っていた部屋のもう一室の方だ。安直かもしれないが、隠れ蓑にはちょうどいいと判断したのだ。
「で? その作戦だとお前の銃の腕がないと成立しないぜ?」
神田の言葉にアリシアは胸を張る。
「サルガタナスは威力こそ低いですが、精確ですし射撃の腕は安心してください」
「まぁ、やれなかったらお互い死ぬだけだ」
「そんなことはさせません。私が守ります」
アリシアの瞳が神田の目をしっかりと見た。
もう迷いはない。
「神田こそちゃんと――」
その時だった。
どこからともなくオルゴールが聞こえてきたのは。
一緒に話を聞いていた探索部隊の人が意識を失い倒れこむ。アリシアと神田はお互いに顔を見わせる。
「鳴ってる……なんで?」
奇怪がまた起きている。リアは確かにイノセンスである一対のオートマタを奪っていったはずである。
神田が顔を顰める。
「罠か?」
アリシアが首を振る。
「いえ、彼女は根本的に千年伯爵の機械です。奪ったイノセンスを最優先して届けるでしょう」
「だったらこの状況は……」
アリシアがうなって考え込む。確かにおかしいのだ。破壊されたイノセンスが奇怪を起こすのは有りえない。だとしたら可能性は一つ――。
アリシアははっと顔を上げた。
「私たちは見事に踊らされていたんですね」
「どういうことだ」
眉を顰める神田にアリシアは苦笑いする。
「要するにあれはイノセンスじゃなかったってことです」
神田が目を見開く。
アリシアは真剣な表情で言った。
「ちょっと確かめたいことがあります」
轟音が響く。
隣の部屋から絶叫が聞こえてきた。
「嘘をついたんですね! 嘘だったんですね! 私は伯爵様に怒られてしまいました。本物のイノセンスはどこです小娘! 簡単には殺してやらないんだから!」
リアもどうやら気づいたらしい。
アリシアは神田に向かってにやりと笑った。
「ね? 一人部屋に二人でいて正解だったでしょう?」
神田は舌打ちする。
「まったく、休んでられねぇな」
コートを着た神田が窓を開けて、へりに足をかける。
ここからはしばらく別行動だ。神田が振り返る。
「とりあえず、生き残れよ。テメェが死んだらこの作戦は成立しない」
アリシアは頷く。
「ええ、行きましょう!」
神田が窓から飛び降りた。
作戦開始だ。
隣からはリアの罵倒が続いている。
隣の部屋の状況は最悪だろう。出来れば行きたくないが、やるしかない。
アリシアはは部屋を飛び出て、隣の部屋のドアを開ける。
すると、鬼のような人相になったリアがこちらを向いた。
「小娘! よくもリアを騙しましたね!」
アリシアは一瞬で部屋の状況を確認して、笑う。どうやら破損はそれほどない。
朗らかにアリシアは言う。
「いやあ、騙したつもりはないんですけどね。成り行き上そうなってしまっただけです」
今度は無表情になったリアがアリシアを見つめる。
「今、リアを笑いましたね?」
心の底から冷えるよな声音でリアは言った。
一度うつむいて、震え始めた。だんだん震えは大きくなって部屋も揺れ始めた。
アリシアを再び見た時、リアの表情はおよそ人とは思えなかった。
「殺す!」
飛ぶようにアリシアに向かって突進してきたリアにアリシアは笑った。
「生憎、あなたでは私を殺せません」
手に持ったボタンをアリシアは押した。
部屋中が発光する。リアは驚いて目をつむった。その隙がアリシアを優勢にさせた。
リアは無数の光の中に閉じ込められた。リアは光の膜を叩くがびくともしない。
アリシアが笑う。
「化学班特製の結界です。あなたには特別に三十個使わせて頂きました」
リアが唸り声をあげながら結界を殴っているがびくともしない。レベル2であれど破壊するのは難しいだろう。
リアが絶叫する。
「エクソシストォォォォーー!」
アリシアは軽やかに笑う。
「しばらくはここで大人しくしてください。って言っても無理でしょうけど。一時間くらいはもってて欲しいですね」
「リアはこの程度では止められません!」
リアが手のひらを打ち合わせる。
しんとした間が二人の間に降りる。
リアは首をかしげて何度も手を叩いた。
アリシアは笑った。
「やはり、あなたの能力の発現は手を叩くことだったんですね」
「小娘! 何をした!」
アリシアは肩を竦める。
「あなたの能力って音が聞こえる範囲でしか人を動かせないでしょ。それに一度でも触れないとそもそも効力がない。いやー推測が当たってて良かったです」
神田に能力が発現したのも、一度組み敷かれたからだ。反対でアリシアはリアに一度も触れられてない。
だから、アリシアには効力はなかったのだ。
「周りの人間は結界の中で寝ています。いやー寝ているのはイノセンスの効力ですが、ついてましたね。しばらくは助けも何も呼べませんよ?」
リアが発狂する。
「こんなのリアにかかればすぐに解けるから! すぐ殺してやるんだから!」
アリシアはまるで駄々っ子のように暴れるリアに苦笑いする。
「では、また会いましょう。次会ったらあなたは私が破壊します」
「お前を殺すのは私だ!」
「はいはい」
そうしてアリシアは部屋を飛び出した。オルゴールが鳴り始めてまだ間もない。イノセンスのありかはもうおおよそ見当がついているが、核心には至ってない。
アリシアは宿から出て、闇夜を走り出す。目的地は幻の始まりの場所だ。
満月がひっそりとアリシアを照らす。頼りない蝋燭の炎のように。
アリシアは一心不乱に闇の中を駆ける。夜明けはまだ先だ。それにまだリアを倒すという大仕事が残っている。頑張らなければならない。
高揚する気持ちを必死に抑えつつ、エクソシストは足を進めた。
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