▼ あなたに愛が届くまで14
二人は駆け出す。
空はもう傾きかけている。色を基調とした街並みは夕暮れの色に染まり、暗く影を残している。
夜が来るのだ。早く墓所にたどり着かなければ、月明りの中で探す羽目になる。それだけは避けたかった。
「急ぐぞ!マメチビ!」
「うっさいですよバ神田!」
先を走る神田に追いつこうとアリシアも速度を上げる。
街の奥に見える小高い丘にはきっと街の住民たちの墓があるはずだ。そこにたどり着ければ我々の勝ちとなる。そう思うと自然に足が速くなった。
街からもあまり離れていない。この速さで行けば、十分というところだろう。
ふいに殺気が神田から放たれる。気づいたアリシアは後ろを振り返った。
AKUMAが十体ほどアリシアたちに迫っている。どうやら敵もアリシアたちの意図に気が付いたようだ。
アリシアはうんざりしたかのように溜息を吐く。
「どうやら、敵も気が付いたようですね」
神田が六幻を発動させる。アリシアも続いて腿についているホルスターからサルガタナスを取り出して安全装置を外す。戦闘態勢に移行して間もなく背後から発砲音が聞こえた。
血の銃弾だ。暇がなく放たれてアリシアたちに向かってくる。
だが、足は止めない。レベル1のAKUMAではアリシアたちを止められない。ならば、弾丸さえうまく避けてしまえば、住宅街での被害は少なく、人も少なく広い場所で戦える。神田も同じように考えたのか反撃はしていない。降り注がれる弾丸の雨をよけきって前へと進んでいく。
「レベル2はいないようですね」
レベル1から人を殺して進化するとレベル2になる。特殊な能力に目覚めるレベル2はまだこの街では見ていない。アリシアでも対応できるレベルだ。安堵したのがわかったのか神田が冷めた声音で言った。
「ヘマしたら置いていくからな」
神田の言葉にアリシアはむっとする。神田めがけて飛んできた弾丸を銃で打ち落とす。
「あなたこそちゃんと周りを見たらどうですか? 今、私が援護してなかったら当たってましたよ?」
神田は舌打ちする。
「間合いがてめぇの方が広いだけだ」
「それは失礼しました」
軽口を言い合っている間に住宅街を抜ける。ようやく出口というところで人が集まっているのに気が付いた。アリシアたちを阻むように出口を塞いでいる。
その中には赤子を抱いて、その子に銃を突き付けている老婆の姿もあった。
赤子が泣いている。
AKUMAかどうか判別ができない。アリシアは内心で愚痴った。これだからAKUMAは嫌いなんだと。
アリシアが少し躊躇していると、逆に神田は速度を上げた。驚いてアリシアは声を上げる。
「神田」
「馬鹿か! 援護しろ!」
神田は人々に斬りかかる。神田の六幻は簡単に人らしきものを断ち、地面に沈めていった。老婆が引き金を引こうとしたところでアリシアが発砲する。老婆の銃はぐしゃりと潰れ、神田に首をはねられた。老婆が力なく倒れこんだため赤子が地面に落ちようとするが、神田がしっかりと掴んだ。ほっと安堵する。だが、赤子の頭が変形し、銃になった。神田の攻撃よりも赤子の形成の方が早い。
乾いた音が鳴る。
硝煙をあげているのはアリシアの銃だった。赤子の頭に弾丸がめり込んで、力なく首が垂れる。神田は舌打ちして持っていた赤子を放り投げた。
AKUMAが地面を転がる。赤子だったものは黒い血を噴いて、跡形もなく消えていった。
アリシアは息を吐く。少しでも躊躇すればこちらがやられるのだ。神田はわかっている。だから、突っ込んでいったのだ。こんなところで止まるわけにはいかない。
明らかな意識の差にアリシアは歯噛みする。神田が怒気を含んだ声音で睨みつけてきた。
「お前、本当にエクソシストか?」
「っ!」
アリシアは何も言い返せない。コムイの言った通りなのだ。アールに依存するのはやめろと言われたのはこういうことだったのかもしれない。
アリシアはうつむいた。
「団服の意味わかってんのか? それは単なる飾りじゃねえぞ」
左胸にあるローズクロスを指して神田は言った。アリシアが何も言えずにいると神田は舌打ちした。
「こいつらに構ってる余裕はねぇ。さっさとやるぞ――」
神田はアリシアの奥にいるAKUMAたちに刃を向ける。
背後からのAKUMAが追い付いてきたのだ。
アリシアも落ち込んでいる暇などない。大きく息を吸い込んで、吐く。頬を叩いてAKUMAたちの方を向いた。
「私はエクソシスト。闇を撃ち滅ぼすものです。だから、そんな舐めた口叩けないようにしてやりますよ」
神田が鼻で笑う。
「やってみろマメチビ。死んでも恨むなよ?」
「ええ、私は死にません。必ずこの聖戦を生き残ります」
AKUMAと対峙する。
十体ほどいるAKUMAは一斉に弾丸を撃ち放った。
アリシアと神田は縫うように地面を走り、AKUMAの弾丸を避けた。神田は高く跳躍して六幻を横なぎして叫ぶ。
「六幻! 災厄招来!」
六幻から飛び出したのは、奇怪な蟲のようなものだった。それらが一斉にAKUMAたちに向かっていく。AKUMAは蟲たちに貫かれ七体が爆発した。残りは三体。アリシアにも火が付いた。アリシアは壁を伝って高く飛ぶ。AKUKMAたちの真上に行くとにやりと笑った。
「この距離なら私だって!」
アリシアは引き金を引いた。AKUMAは脳天を破壊されゆっくりと地面に落ちていく。完全に落ちきる前にAKUMAを蹴って回転しながらもう一匹に弾丸を浴びせかける。同じようにAKUMAが落ちていくのを見てもう一体のAKUMAは距離を取ろうとするが、その前にアリシアがAKUMAに乗った。アリシアは冷笑しながら銃を向ける。
「さようなら」
数発の発砲音が鳴った。AKUMAは頭頂部が破砕される。ゆっくりとAKUMAは地面へと降下し血の噴煙を上げた。アリシアは地面へと降り立つと神田がこちらを見ていた。
「何ですか?」
「別に」
「弱いとか思ってるんでしょう?」
神田が黙り込む。てっきり馬鹿にしてくるものだと思ったが、どうやら違うらしい。アリシアが首を傾げる。
「神田……?」
「なんでもねぇよドチビ。さっさと行くぞ」
「んなっ! 私だって奥の手さえ使えば一瞬なんですからね?」
ハッと馬鹿にしたように神田が笑う。
「そんなもんがあるなら出し惜しみせず使えチビ」
「奥の手はいざという時に使うものでしょうが!」
神田がアリシアの言葉を無視して走り出す。アリシアは神田に罵声を浴びせながら墓地へと向かっていった。
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