小説 | ナノ


▽ 沈黙の少女1


 墨村正守は理想とする組織の創設に奔走していた。
 十六歳から裏会で仕事をもらっていたが、その折に闇を見た。子供の人体実験、術の研鑽の為に人柱にされる人々。弱い立場の者はみな仕事すらもらえず、居場所がなくなるもの色々だ。
 正守は術者の中でも特殊な結界師であるがゆえにある程度優遇されていたが、裏会の実情には心を痛めていた。特に居場所がない者には共感を覚えるところがあったから。
 だが、裏会でも無道という変わり者だが人材育成に力を入れてる者に出会って正守は彼に憧れた。正直、無道はトリッキーすぎて何を考えているのかわからないところがあるが、彼を慕う者は多い。
 だが、彼にもすべての受け皿を用意できるわけではなかった。力のないものはやはり淘汰されていく。現に無道の作った施設は人であふれかえり、無道が仕事を昼夜問わずすることで運営費を賄っている部分が多数あった。それでは意味がない。
 正守が目指すのは完ぺきな育成機関。誰でも一人立ちして、仕事をこなせるようになったら。居場所だと思えるところがあったらいい。
 そのためには自分の理想に共感出来る者が欲しい。すでに何人かには声をかけていて、後は家となるみんなで暮らせる大きな施設を探していた。
 今日は無道に手ごろな場所がないか打診してくるつもりだ。
 けれど、約束に時間になっても無道が任務から帰ってこないと聞いて、待ちぼうけを食らっていた。秘書である女性から施設創設に役立てればと屋敷を見て回る許可をもらった。
 座って茶を飲むのも飽きてきていたことだし、無道がどんな風に施設を運営しているのか見たいと言うと喜んで承諾された。
 それもあらかた見終わって、今は庭を散策していた。
 庭は誰かが手入れしているのかとても綺麗だった。
 だが、庭の端に大きな木とも草とも言えない何とも不思議な物体があった。地上から伸びたツルが幾重にも巻き付いて、途中に人一人入れそうな大きなふくらみがある。何だろうとじっと見つめているが、動きは特にない。かすかに邪気を感じるが、滅するほどでもなかったので静観している。触れてみようと手を伸ばす。
「やめておけ。椿は今機嫌が悪い」
 振り返るとシルクハットに縞模様のマフラー。口ひげが笑みで歪められている。
「……忙しいのはわかりますが、二時間も遅刻ですよ」
 正守が睨むと無道はにやりと笑った。
「私のつっくたものを見学したかったんだろう? いい時間じゃないか」
 全く悪びれる感じがない無道に正守は溜息を吐いた。
「で? これはなんです?」
 すると無道は笑みを深くして正守に問うた。
「何だと思う?」
 正守はまたかと内心辟易した。無道は気に入った人間をからかう癖がある。言葉遊びもそのうちだ。だが、こうなっては簡単には答えはもらえない。仕方なく正守は考えてみることにした。
 とてもじゃないが人には見えない。だが、妖ならば危険なので置いておく必要もない。無道も先ほど『椿は機嫌が悪い』と言っていた。そこから導き出される答えは――。
「人なんですか?」
 無道は簡単に答えを出したのがつまらなそうに口をとがらせる。
「お前は遊びがなさ過ぎてつまらない」
「つまらなくて結構です」
 無道はシルクハットをつまみ口角を上げた。
「だが、私には異質すぎて人より妖に近いと思っているがな」
 すると無道の言葉に反応するようにツルがざわめいた。無道が笑う。
「言葉がわかっているせいで、こうやってからかうと更に怒らせてしまう。困った子だ」
 あんたがからかう所為だろうと思ったが、口には出さない。無道の言葉遊びに付き合っていると日が暮れてしまう。正守は本題を言うことにした。
「夜行の本陣を作りたいんです。どこかいいところはありませんか?」
 無道は可笑しそうに笑う。
「おやおや、自分から聞いてきたくせに無視か 椿、こいつもなかなかひどい奴だ」
「私も忙しいんです」
「言うようになったな! では、椿のご機嫌取りが出来たら教えてやろう」
 まだ、この問答が始めるのかと正守は肩を落としたが、言い出したら聞かないのもよく知っている。
「情報が欲しいところですが」
「そうだな、椿は十歳だ。滅多に喋らない。食事も要らない。光合成していればある程度生きていける。喋るのを見たことがあるのは俺だけだ。――それに、椿は親に殺されそうな所を私が引き取った」
 正守は言葉が出なかった。妖混じりであるゆえに迫害され、生きてきた人間をよく知っているからだ。だとしたら正守が作りたい組織に居るのがいいだろう。ここにいるのは、誰ともしゃべらず庭でポツンと居るのはさみしかろう。
 椿と言われた物体に向き直り、優しく話しかけた。
「初めまして、椿……さんで合ってるかな? 俺は墨村正守。能力者だ」
 だが、反応はない。本当に人なんだろうか。初めて会った正守を警戒しているのか、ツルも動きやしない。
 後ろでは無道がにやにやとしていることだろう。これではらちが明かない。だからといって結界を使ってしまえば、ますます信用されなくなるだろう。正守は息を吐いた。振り返り無道に笑いかける。
「今日はもう行きます。次の任務の時間が迫っているので」
 すると興醒めしたとばかりに無道は溜息を吐いた。
「何だもうあきらめるのか。存外つまらなかったな」
 つまらなかったからといって無道は優しく教えてくれるような性格じゃない。正守は不敵に笑う。
「一室用意してください」
「なぜだ?」
「今日から泊まり込みます」
 すると無道の表情が明らかに変わった。
「なるほど、連日口説き落とすのか」
 言い方は嫌いだが、正守はうなづく。
「今日来たばかりの者が何言ったって無駄でしょう? なら、こうするべきだ」
「いいね、若いね。嫌いじゃあない。むしろおもしろい! 部屋に案内しよう」
 こうして正守と椿の対話が始まった。


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