(ようやく傾くココロ)


研磨を挟むようにしてなまえと黒尾と研磨の3人は通い慣れた道を歩いていた。
会話はほとんどなく、研磨の手から聞こえるゲームの軽快な音だけがしていた。
たまに黒尾が研磨に対して日常的会話をするだけ。
なまえはと言うと研磨のジャージの裾を掴んで離さないようにするので精一杯だった。
研磨の影に隠れて黒尾から自分の姿が極力見えないように縮こまっていた。
こうなったのも、そもそも研磨伝いで一人で今回の合宿場所の学校に向かうのは駄目だと言い出した黒尾のせいだと、心の中で文句を垂れつつ研磨の隣にこれでもかというぐらいにくっついている。

「…なまえ、歩きにくい…」
『やだ…。そもそも一人で行くって言ったのに』
「文句ならクロに言って…」
『………』
「すぐに迷子になるのはどこのどいつだよ」
『…別に、赤葦くんが一緒に行こうかって声かけてくれてたし』
「あっそ」
「…喧嘩するなら俺なしでしてくれない…?」

こんな感じでピリピリしているものだから、音駒メンバーたちとの集合場所に着いていち早く異変を察知した夜久は苦笑した。
そして、ポンポンとなまえの肩を叩いた。

「おはよう。俺が迎えに行けばよかったな」
『おはようございます夜久さん。大丈夫です。ありがとうございます』
「向こうに行けば誰かいるのか?」
『あ、はい。赤葦くんが』
「そうか。研磨は…きっと無理だろうからな…」
『…気を遣わせてしまってすみません…』
「いや、研磨にも頼まれてるしな」
『そうだったんですか…』
「ま、早めに解決できる方がいいだろうけど…。あいつのあの調子ならまだ無理そうだな」
『わたし自身の問題でもあるので大丈夫です。それに梟谷のマネージャーさんたちもいるので』
「そうだな。ま、今回もよろしくな」
『はい』

合宿場所に着くと、校門のところに何故か赤葦くんの姿があった。
壁にもたれるように立っている彼は普通の女の子が見たら見惚れてしまうような雰囲気を醸し出していた。
わたし達の団体に気づいた彼は壁から背を離した。

『赤葦くん。おはよう』
「おはよう。大丈夫だった?」

彼も夜久さんと同じように気にしてくれていたのか第一声がこれだ。
自分のことの問題なのにここまで気にかけてくれる彼や夜久さんは本当にいい人だと思う。

『大丈夫。ここまで来る途中は夜久さんと一緒だったから』
「それはよかった。マネージャーの先輩たちも会いたがってたよ」
『本当…?数日だけどよろしくね』
「こちらこそ」

練習中は仕事やら洗濯やらで忙しくなるので、今まできにしていたこととか全部吹っ飛んで他の学校のマネージャーさんたちと連携を取りつつ仕事に専念をしていた。
仕事に専念しているといつの間にかお昼休憩に入ったらしく、ちょうどすれ違った音駒のコーチに呼び止められた。

「おぉ!いいとことにいた!」
『直井コーチ?』
「みょうじ。悪いがこれを黒尾に渡してくれないか?午後のメニューなんだが、これから俺は他校のコーチたちとのミーティングがあって時間的に渡せないんだ」
『わ、私じゃないとだめですか…?』
「他の選手に渡したら文句を言いかねないからな」
『わ…かりました…』
「すまないが頼んだぞ!」
『はい…』

メニューを渡すだけ渡して颯爽と何処かへ行ってしまったコーチ。
こうなってしまっては腹をくくるしかないと、元々向かっていた方へと体ごと向き直すとちょうどお目当ての人が前から歩いてくる。
体を冷やさないためなのか真っ赤な音駒のジャージに身を包み、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま仏頂面でこちらに向かってくる。
その姿を見て一瞬逃げそうになった足を何とか止めた。
段々と距離が縮まって度に心臓の音が大きくなっていく気がした。
何かしら話しかけてくるだろうと構えていた、がそんな予想とは全く違う行動を彼は取った。
今までなら考えられない行為。
目も合わせず私の隣をスッと通りすぎていったのだ。

『!…て、てっちゃん…!』
「…なんだよ」

思わず振り返って背中に声をかけると半分だけ体をこちらに向けて振り向いた。
自分の声が彼に届いたことに安心してほっと一息ついて側まで駆け寄った。

『あの、これ…。コーチが渡してくれって…』
「メニュー、か…。さんきゅ」
『うん…。じゃあ…』
「…なまえ」
『っ!?』

てっちゃんの纏っている空気が何だか痛くてその場から立ち去りたくなってメニューがてっちゃんの手に渡ったのをしっかりと確認したあと、パッと身を反して背中を向けててっちゃんが歩いてきた方へと行こうとした。
けど、それは咄嗟に掴まれた腕のせいで叶わなかった。
驚いて振り返ると少し睨んでいるようにも見えるてっちゃんの目と合った。
そんな瞳を見て余計に逃げたくなって思わず背中を丸める。

『やっ…』
「…チッ……」

逃げようとした私をてっちゃんは珍しく舌打ちして、腕を引っ張って自分の方へと引き寄せた。
そして逃げられないように私の背中を壁に押し付け、右脇下と顔の左側に手を当てた。
俗に言う壁ドンだと思いつつも私の心臓はこれでもかというぐらいに大きな音を立てていた。

「お前、なんなの…。この前から俺のこと避けてるだろ」
『…て、てっちゃんには関係ない…!』
「だったら尚更わからねぇな。俺がいつ避けられるようなことした?」
『そ、それは…』
「研磨にも夜久にも赤葦にも言えて俺には言えないってか?」
『ちがっ…』
「じゃあ何だよ」
『て、てっちゃんが告白されてるの見て…』
「………」
『それで何だかモヤモヤして、その後てっちゃんに八つ当たりして…』
「……(そういえば俺もあのとき虫の居所が悪くてなまえに当たったな…)」
『モヤモヤした原因を赤葦くんに相談したら、その…』
「………」
『て、てっちゃんのこと好き、なんじゃないかって言われて…。それからてっちゃんのことちゃんと見れ…なくて…』
「!…なんだ、そういうことか」
『う、うん…』
「まっ俺もあの時は特別な日以外は頼んでないとか思ってもないこと言っちまったしよ。お互い様ってとこだな」

そう言っててっちゃんは私から離れていった。
なんだかさっきと声のトーンが全く違うことに気づいて俯かせていた顔を上げると、さも何もなかったかのような空気を醸し出していて、心なしかニヤニヤと何かよからぬことを考えているときとよく似た表情をしていた。
むしろ、さっきまでの仏頂面はどこへ言ったのやらというほどのご機嫌モードだった。

『へ…?』
「まぁ俺にとっては実はいい状況になってきたってことだな」
『ちょ、ちょっと待って…。何でご機嫌なの』
「さぁ何でだろうな」
『い、意味わかんない…』
「気にすんな。昼飯食いに行くぞ」
『う、うん…?』

やっと自分のことを意識し始めたなまえに黒尾は満足といった表情をしていた。
これから遠慮なくアピールでもしてやろうと密かに思った黒尾だった。

((つーか今更意識し始めるとか遅すぎだっつーの))
((なんなの。今のてっちゃん心臓に悪すぎる…))


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