(恋をした瞬間)
中学2年生に進級して少しが経った。
幼なじみの征ちゃんと話して男子バスケ部のマネージャーをすることになった。
仲良くなった部活仲間と一緒にお昼ご飯を食べる。
それが当たり前になっていた。
私は昼休みになって少し遅れてカバンを持って屋上に行った。
そこにはもうすでに全員がそろっていた。
「お!やっと来たっスね!」
『遅くなってごめん!』
そう言って私はいつも通り征ちゃんの隣に座った。
すると目の前にいる緑間くんと目があった。
『それが今日のラッキーアイテム?』
「そうなのだよ」
『わぁ、これはまた大きいね』
「教室においているから、これに躓く人が絶えなかったよ」
『あはは…』
緑間くんの隣に置いてあったのは大きい壺。
征ちゃんと緑間くんは同じクラスで、クラスの状況を少し笑みを浮かべながら話す。
そんないつもとほぼ変わらない会話。
そんな時間が私にとって幸せな時間だった。
そして、放課後。
今日はテスト前で部活はない。
だけど、委員会で帰りが遅くなる、と言うメールを征ちゃんからもらった。
下駄箱で征ちゃんを待っていると見慣れた頭。
『緑間君?』
声をかけると緑間くんは無言でこちらを向いた。
『今から帰り?』
「そうなのだよ。みょうじは帰らないのか?」
『征ちゃんを待ってるの』
「赤司?」
『うん。委員会だって』
「あぁ…。そういえばそうだったのだよ」
『なかなか降りてこなくてさぁ』
「………」
『緑間くん?』
「…仕方ないのだよ」
『え?』
そう言って緑間くんは私の隣に来て、下駄箱にもたれかかった。
その意味を理解した私は微笑んだ。
『ありがとう。緑間くん』
「これも人事を尽くすということだ」
そして、私と緑間くんは下駄箱の前で征ちゃんが来るのを待った。
初めて2人になった私と緑間くん。
会話はなくて、ずっと沈黙が流れていた。
外は暗く、雨が降っていた。
首にマフラーを巻いて手はカーディガンのポケットに突っ込んでいたけどもう完全に冷えていた。
手にはぁーっと息を吹き込んで温める。
そんな様子を見ていた緑間くんはおもむろに鞄を開けて中から手袋を出した。
「これ使うといいのだよ」
『…え、いいの?』
「あぁ。オレには少し小さい」
『ありがとう』
緑間くんから手袋を受け取って指を通した。
その手袋は大きくて指先が余っていた。
『…デカい……』
「なまえの手が小さいだけなのだよ」
『…………』
「…なんなのだよ」
不意に名前を呼ばれてまじまじと緑間くんの顔を見てしまった。
『いや…。初めて呼ばれたから…』
「…?」
『名前を』
「それほど驚くことか?」
『だって緑間くんは名前で呼ぶ人じゃないと思ってたんだもん』
「………」
少し自嘲気味に笑うと緑間くんがこっちに手を伸ばしてきた。
その手は私の頬に触れた。
『み、緑間くん…!?』
「冷たいのだよ…」
『…う、うん』
「………」
『………』
緑間くんに見つめられて目がそらせなかった。
すごく真っ直ぐにこっちを見ている瞳は強く光が宿っていた。
しばらくその状態で固まっていると、後ろから征ちゃんの声が響いた。
「なまえ。すまない遅くなってしまった」
「!!」『!!』
私たちは驚いて2人して真逆の方向に体を向けた。
そんな私たちの様子に征ちゃんは不思議そうに私たちを見た。
「…どうした?喧嘩か?」
「違うのだよ」
『な、何でもないよ。早く帰ろ?』
征ちゃんはしばらく私たちを見た後、少し笑った。
そんな中、緑間くんを見ると目があった。
私たちは2人して顔を赤くした。
これが私が緑間くんに恋をした瞬間だった。
end
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