テールランプを追いかける。一定の速度の電車の窓の内側で、雨に滲んだ世界を他人事のように眺めながら。旅はいささか長すぎて、次の町に着く頃には神様が変わっていた。それでもまだ誘うようにからかうように揺れ続ける、かわいらしい、悪夢の車。ぼくは笑う。享受した左手で遠近法にものを言わせ、その車を握り潰す。――向こう側へ、変わらず走り出す黄色い車に、ぼくは目を細めて、呪いをかける。 


きみは言う 
「遮断機が上がってたかどうかは関係ない」 
きみは言う 
「ただ2分の1の賭けに負けただけさ」 
きみは笑う 



 空が青すぎるねと言って笑うときみは後ろへ仰け反ってそのまま死んでしまって、きみの美しい死体がごろんと転がったひび割れたアスファルトの上を、馬鹿でかく華やかでこれ以上なく重要なパレードの車が爆音を立てて通りすぎるのをぼくはただ見ていて、3本目の腕を手に入れたきみがぼくの目の裏側を見透かしてニヤリと笑う、「キミ、どうしてだい」、耳にこびりついたぼくを呼ぶときの言葉の使い方で、ぼくの手を引き寄せて、じぶんの左胸の中へ中へとぼくの手を滑り込ませていく、暴れまわるぼくの指をきみは信じられないくらい強い力で拘束して、たった一点――たった一点だけを強く強くぼくに示して、そこに指を突き立てさせた、「アタシの人生に責任とってくれよ、なあ」 



弾け飛んだ記憶の真ん中でほんの一瞬だけ桜吹雪の舞う中で微笑むきみの姿が見えたけれど 
「桜じゃない、ヒマワリだよ」 
きみはもう確かめようのない嘘をついて 
それが嘘だとわかったのはきみが嘘をつくときの非生産的な癖がその硬直して冷たくなった頬に刻まれたようにあらわれていたからだ 

きみなんか死んでもいいと思っていたのに 
きみなんか死ねばいいと思っていたのに 




 世界はあまりにけばけばしく輝いて、きみの節度と理性に満ちた色のワンピースが懐かしい。 




 旅に出たのは贖罪でも鎮魂でもなんでもなく、かといって思い出の影を追いかけたり女々しい感傷に浸るためのものでもない、ぼくはただあの雨上がりの朝、憂鬱なベッドのそばの窓から落っこちてきそうな重い重い灰色の雲を見上げたとき、架空の雷に打たれたみたいに、架空の暴風に吹かれたみたいに、架空の嵐にぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたみたいに、ただ、きみになってみようと思ったのだ。 
 いくら電車を乗り継いでも辿り着けないきみの生まれた町と、いつでも帰れるぼくの生まれた町との、きみの腕がないと測れないその距離は、宇宙で一番虚しい速度で世界をゆっくりと変え続ける。 
 どんな理由であろうともまばたきをするたびに望んだ通りに何もかもは変わっていった。 
 ぼくの世界は垂直に落ちて行くのにきみの世界はどこかの時間で並行に止まったままで、手を伸ばせば目線の高さでこの腕があっさりと切り落とされてしまうのを知っていたから、まだぼくはきみのうすく血の通わない笑顔を思い出せる。 
 赤く腫れた瞼の向こう側でレム睡眠の痙攣を繰り返す眼球を愛おしく思いながら、こんなにも毒々しい爪の先で徒に模様を描いたそのわずかな罪だけを、やっと思い出せるきみへの片道切符にして、電車を乗り継ぐぼくの足はきみが高すぎるヒールの靴を履きこなしていた小鹿の足へと変わっていくのだろう。 



「お客様、どちらまで」 
「お客様」 
「お客様…」 



 きみなんか死ねばいいと思っていたのに、きみの心臓はいつでもぼくの指先で最後の一回を脈打つ。ぼくは目を細めて黄色い後ろ姿に呪いをかける。本当にそれがぼくを目的地へ連れていってくれる乗り物か、あるいは障害かはわからなかったけれど、その後ろ姿へ手を伸ばしても、ぼくの腕はきみの腕の長さにならなかった。電車の窓はまるでゼリーみたいに握り潰せる透明の半液状で、ぼくの小鹿の足が窓枠にかけられたのを最後に、ぼくの体は迷いも躊躇いもなく窓だった物質を突き破る。背後で絶叫する何人かの誰かたちがぼくの荷物の引取先を相談したりぼくをここまで運んだ電車賃について相談したりしているのをききながら、ぼくは線路を飛び越えて並走する道路へ飛び出す、恨めしい黄色い後ろ姿が横顔になってついには正面から顔が見える。――せめて驚いた顔をしてくれていればよかったのに、そのドライバーはぼくの顔を見てニヤリと笑う、ぼくの指先できみの心臓が――心臓が、最後の一回を脈打って、黄色の悪夢はぼくにあの日の青すぎる空の本当の意味を生皮を剥ぎ取るくらいはっきりと見せつけて教えてくれたのだった。あの日きみが微笑んでいたあの光景はたしかにきみが言うとおり桜吹雪じゃなくてヒマワリ畑だった、ちょうどこんな目眩のするような黄色、の。――「きみ、どうしてだい」 



「ぼくの人生に責任とってくれよ、なあ…」




【新婚旅行】
(110924)



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