きみと魔法。 



きみがいない 
without 

魔法がとける 
wiz out 



きみと魔法。突然記憶の中の女性が男性の声と言葉で喋りはじめ、人混みに紛れたきみと違う人混みに紛れたぼくは、同じように見えてまったく違う騒音の中で、汚らしく、美しい物語をなぞり、誰かの真似をしながら自分のアイデンティティを主張する。そしていつかきみとぼくが「とても低い確率で」「偶然」人混みと人混みが混じり合うスクランブル交差点で鉢合わせするのを心待ちにしているのだ。ハチ公も逃げ出した寂しい台座が教祖の椅子になり、どこもかしこも無差別に気まぐれにいろいろな要素が抜け落ちた渋谷区は右目で見れば気違いのように色鮮やかで、左目で見ればあまりに価値もなくモノクロである。混ざり合う人。人。人。 


決して死んだりしないきみはそこかしこにあらゆる時間軸にどこにだって偏在する。もっと呼吸を乱した少女がきみの瞳の中で罪を犯して石になる。ぼくはどこにも逃げられない。きみがどこにでもいる。時間軸の存在しない切り取られたこの世界の中にきみはどこにでもいる。 
推移。 
またきみの嘘めいた瞳がぼくを見てる。 



きみはいない。 
きみがいない。 
正しい世界にきみがいないので、ぼくの世界はどんどん間違う。 
ぼくの間違った世界にきみはどこにでもいる。 


きみはいない。 
きみがいない。 
正しい世界が魔法の存在も忘れて呆けてしまうので、ぼくの世界はどんどん魔法にかかる。 
ぼくの間違った世界は魔法で満たされる。 



転換のために暗転してそれきりの意識がどこにも戻れずに泣いているけれど、数百の口はきみを責めるのを躊躇う。 
ぼくはスケープゴート。ぼく自身のためのスケープゴート。 
ぼくのためにぼくは否定される。 
そればっかりだ。 
それを諌めて叱ってくれるきみはいないんだ。 




雨も降らない渋谷区は地球の角度で歪んでいる。 
無数の人混みはひとりやふたりがいなくなったことを知らない。




【きみと魔法】
(110526)



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