「こちらで、猫の皮を剥いでコートを作ることは全面的に禁止されています」
「が、兎の皮を剥いで手袋を作ることが推奨されています」 『どういうことですか?』 「ま、全部嘘なんですけど」 「簡単に申し上げますと、ハードカバーの本の120ページ目を焼き払うことはいけません。しかしながら文庫本のカバーを左端から54cmの部分で破り捨てることは誰も咎めないのです」 「そして補足するのなら、あなたの部屋の電球がつい6秒前に切れたことに関して、私はこう言及しましょう。風呂場の電球が今この瞬間切れてしまったとしても、誰も文句は言わない」 「0.01とか、コンマ何秒以下の瞬間をご覧になったことがおありでしょうか?」 「肉眼ではっきりと?」 「なにとも違わずに?」 『ありません』 「それは100秒とさして変わりはありません」 「正直な話、まったく」 『はあ』 「しかしそうでありながら、永遠とはまったく違った存在です。それはなぜでしょう?」 『わかりません』 「それがつまり猫の皮と兎の皮の違いに繋がるのです」 「猫の皮を剥いでコートを作ることはいけないが、兎の皮を剥いで手袋を作ることは素晴らしい」 『…あんた、最高に変な奴だな』 「おや?」 「果たしてそうでしょうか? 本当に変、なのは私でしょうか?」 『どう見てもあんたが変だろう』 「ま、全部嘘なんですけど」 「そのどう見ても、の部分に何か裏付けがあるのでしょうか?」 「あるいはあなたが絶対的に正常であるという証拠があるのでしょうか?」 「ないしは私とあなたに共通する正常の基準をあなたは示すことができるのですか?」 『そういうところが変なんだ』 「あなた、だからですね」 「目の前にぽんとまるっきり見たことのない、何か、何とも理解のつかない何かを出されて」 「これは××ですか? とか、想像もつかない聞いたこともないような形容詞で質問をされたらどう答えますか?」 「私は、先ほどから」 「ずっとそういう話をしているんです」 「さっきからずっと、変だとかなんだとかって」 「絶対的な基準がここにない以上、何もそうであるとは言い切れない」 「あなたがあなたである証拠もない」 「私が私である証拠もない」 「私やあなたが生きているという証拠もない」 「そもそも生きているって何なのですか?」 「心臓が動いていれば生きていることになりますか?」 「それを絶対的な基準にすることに関してあなたは何か違和感を覚えませんか?」 「ま、全部嘘なんですけど」 「たとえば私が今この瞬間、あなたをナイフで刺すとして」 「心臓が止まってもあなたは死にません」 「何故ならば今あなたは、私の中で、不死の存在であると解釈されたからです」 「私の中の、死、の基準が満たされませんから、あなたは死にません」 「生きています」 『自分勝手が過ぎる』 「簡単な話です」 「だから、猫の毛皮はだめで、兎の毛皮はいい」 「あなたは今この瞬間誰か赤の他人の訃報を受けたとして悲しみますか?」 「絶望しますか?」 「ま、全部嘘なんですけど」 「そういうことです」 『あんた、じゃあ言葉を変えようか』 『俺とあんた、価値観もろもろが相違してることはわかってるんだろ?』 『つまりは、その相違という相違があんまり致命的すぎるんだ』 『ま、全部嘘なんですけど』 『信じられない…いや、俺の脳が理解を拒否するくらいに相違してる』 『とびっきり相違してる』 『俺の基準から言って、お前がどうかしてることは変わりない』 「ならば私の基準から言って、あなたはどうかしている」 「自分の腕を切って血を出して、それを青色だというようなものだ」 「ま、全部嘘なんですけど」 「相違だ、そうだ、あなたはいい言葉を思い出した」 「あなたも私も相違している」 「どちらもどちらにしてオカシイ」 『やっと話が通じたな』 『やれやれ、ようやく和解できそうか?』 『ま、全部嘘なんですけど』 「和解? おやおや、まだあなたは100%の理解に達していないようだ」 「ま、全部嘘なんですけど」 『100%の理解なんて不可能だろう、相違してるんならなおさらだ』 『ま、全部嘘なんですけど』 「ま、全部嘘なんですけど」 『ま、全部嘘なんですけど』 「ま、全部嘘なんですけど」 『ま、全部嘘なんですけど』 「ま、全部嘘なんですけど」 『ま、全部嘘なんですけど』
【ウソツキが世界を回す】
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