まともに歩くことすら困難な細くて歪んだ足を浮き彫りに、いよいよ真夜中に突入せんとする夜を割って歩いていく。



 地の茶が走る白い柵に掲げられた文字と画像はやがて3ヶ月はそのままで、少なくとも俺にとってはこの上なく意味がなく、果たしてイヤホンから流れ出すファズ・ギターすらロマン主義の如く涙を流そうとするのである。触れたら崩れるのにわざわざ形作ることを嘆くのである。80年代の気狂いたちの薬漬けの脳内において極彩色のインクで刷られ続けた言葉という言葉を真似てこの舌が痙攣するのである。一向に開かない口を縫い合わせる見えない糸を一気に引きぬく痛みにも怯えてやがて喉に詰まるのである。
 退廃芸術のレッテルすら貼られた人生とは時に社会を絶対な悪と見なすものであった。馬鹿げたことであるというのは他でもない自分が一番よく知っているのに、そうでもしないことには視界の端でむざむざ見送るシュールレアリスムを惜しく思うこともなくなってしまうのだから。両手の皮膚で包んだ内側でぐずぐずと煮崩れようとしている芯の抜けた衝動や激情はすっかり貼りつけただけの色のことを考えようともしないので。


 世間一般においてかわいいとか綺麗とかって便宜的にも言われるような容姿の女の気取った流し目を縁取る長すぎる睫毛がこの寂れた駅の次元を狂わせるに違いないのである。
 白線だか黄線だかあるいはその踏みにじられて薄れた色の上をゆらゆら行く。
 左手に枕木の行列、俗に言う線路が地面に這う。


 ひとおもいに掴み取った金属の光沢や、それでなくともめいめいの理由でもって赤らむ人の顔といくつかの2本足、他にと言えば吐き気を催すモラルの欠如。強いて言えばさらに紺色の規則性、もしくはそこにあったはずの無くならなくてはならなかった存在。ついには嘲笑うように電波が途切れて、やがてこの身は型抜きの憂き目に遭う。初めからこんな日々に蹂躙されることなんてわかりきっていたことだし、弁解するとしたら頭が悪いのは俺でしかないのであって、謂れなき火の粉を被る脳天の生き物は誰かにファイリングされるのを待っているに違いない。


 考えていたのは幼少期の記憶と記憶の隙間に落ちた友人のことである。まともな二人称を見つけるより先に三人称の中へ消えてしまったその存在ははるか過去という思い出すことすら滑稽なくらいの箱の中へ追いやられてしまった今、どのような意味を持ったとして現在の俺にいかなる変化をもたらすとも考えにくく、おとなしく鍵をかけてどこにでも放り出してしまえばよかったのに、徒にこうやってふと思考を巡らせてしまうから、いつまでたってもそれを事実として認識することをやめられないのだった。
 それはおぞましい記憶である。身の毛のよだつような腐った桜の色をした記憶である。
 忘れてしまいたいのにそれだけができないのである。


 乱反射する呼吸音が両耳の鼓膜の上をすっかり覆ってしまう頃、やがて駅のホームの明かりという明かりが大きな手で隠したように一斉に立ち消え、そうして目と耳を失った俺が際限なく探し当てるのは焼けたプラスチックの異臭でしかない。

 不穏な雷雲から這い出るように姿を表した巨大で真っ黒な馬はやたらと目が大きくて、その睫毛が長くないことには眼球が眼窩から零れ落ちてしまうらしかったのだ。




 じゃあまた明日と告げて別れたさる男など、次いで続いて1週間は止まない雨に打たれていればいいと俺は心の中で悪態をつき、まともに歩くことすら困難な細くて歪んだ足を浮き彫りに、どす暗闇の寂れた駅の中、周囲で跳ね上がる男や女の悲鳴と困惑の声をマインドマッピングの餌にしながら、焼けたプラスチックの異臭にぐぶぐぶと足跡をつけていく。




【恣意たる悪夢】
(101002)



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