「お前は厄介事に巻き込まれる体質なのか」
海坊主はそう言って遼に古びたカードを渡した。遼はつまらなさそうに「今更」と鼻であしらいながらそれを受け取って眺めた。すぐにそれが何かわかった。これは前に遼を追ってきた香港密売組織の印(マーク)だった。

確かあの時は、まだ香の病気は発病していなく、共にシティーハンターとして新宿中を駆け回っていた頃だ。香と一緒に依頼人の保護をして、そのまま支部へ組織の幹部だった男を追い返した。そしてサイバーテロの事件を加担したのも奴らだった。遼は忌々しそうに舌を打ってカードに描かれたマークを指先で弾いた。
「しつこい連中だな」
「今回の事件もそれが噛み付いているだろう」
遼は「だろうな」と返事をしながら思い浮かべた。確かに、追ってきた男は蛇のようにしつこく面倒くさい奴だった。だが少し脅してやれば、びびって腰を曲げるへたれだったので放って置いたのがまずかったのか。どちらにせよ、逃げ足の速い奴だった。
「奴らは新たにネットの世界に根を回し、お前を付け込む隙を狙っている」
虎視眈々と。そう海坊主は台詞を付け足した。
Heartを盗んだのもこいつ等だと大体想像が付く。分かりやすい罠だが、放って置くわけにもいかない。
海坊主がかき集めた情報ではすでにバックには他の大きな組織が潜んでいた。(追い詰めてくるのなら、堂々と来れば良いものを)遼はそう思いながら、海坊主の言葉に相槌を打った。
「肉弾戦ならこちらが勝つだろう。だがネットの世界は少しばかり違う」海坊主はそう言って腕を組み思案するように口を閉じた。そしてしばらくしてから、重々しく口を開いた。「研究所を頼るのか。……信用は出来ても、頼れるかは別だ」

遼はずずっと珈琲を口に含みながら、その湯気に目を細めた。外は少し薄暗く、まだ夕日の名残が見える。美樹は買い物に行っていない。平穏な日常は日暮れと共に消えてゆく。
瞼を下ろし、その裏に浮かび上がったもの。朧気に再生されていった。

「これは記録です。槇村香さんには肉親と呼べる方はいらっしゃらないという事を伺っていましたので、このテープはあなたに渡すという形で、すでに生前の槇村香さんから承諾を得ていました。
元々日記か何かに記してあったものを読み上げていってる所が殆どになると思います。彼女は几帳面でしたから、とても詳細な記録になっています。音声での記録を優先するという事で書面の日記は既に処分済です。こちらも生前に許可は頂いていました。
なのでこのテープをあなたにお渡しします。くれぐれも保存には気をつけて下さい。詳しい研究の記録の方は極秘の為にお渡しすることは出来ませんが、こちらならば大丈夫です。彼女の意思を受け取って下さい」
テロ事件後に研究所に呼ばれ、受け取ったテープ。研究所の印が押され、遼の手に小さく収まっていた。

遼は黙ったままあの、テープの映像を思い出した。何度も繰り返し見た。何度も、何度も、掠れた香の声が読み上げていく台詞。カップを持っていた手は自然と止まり、遼の心と記憶は静寂に包まれた。一方で遼が不自然に体を停止させた事に気付いた海坊主は「どうした」と尋ねた。遼はそれに、ゆっくりと答えた。
「Heart(心臓) と言う『プログラム』は存在しない。故に組織の奴らに渡っているはずもない」
「…その自信はどこから来た?遼、事実『Heart』は自発的にお前の情報を盗まれる事を避けるためにブロックをしたのだろう」
「だとしても、プログラム=香と結びつけるのは非現実的だろう」

香は死んだ、遼はそう言って言葉を止めた。
だが、そんなこと海坊主自身もよくわかっている。だが、今の状況はそれだけでは終えれない『事実』がある。
「…遼、どういう意味だ」
「気に喰わないだけさ。奴らが呼ぶHeart(心臓)という言い方に」
「言い方?」
「香は関係ないだろう」
「それは、」お前が認められないからではないか。海坊主はそう続けようと浮んだ言葉を飲み込んだ。

どういう意味なのか海坊主は結局、聞き出すことは出来なかった。遼は何かを知っているのか、それとも…。海坊主はただ押し黙った。どちらにせよ、遼が何を考えて、何を思っているかなど、諮ることは出来ない。





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