最初はほんの小さな事件だった。いつものように冴子から受けたたった一件の依頼でった。香には内緒、という暗黙の了解で始まったその依頼はその後も尾ひれをつかせて続いてゆく。だが、当時はそんな事、微塵も思っていなかった。
その依頼は政府機関や組織の裏を調べているうちに香には話せなくなった。巻き込むにしても大きい事件だったからだ。パートナーである香に話せば、きっと着いてくるだろう。頭ではわかっていたことを体が拒否した。

あいつに知らせるまでもない。勝手にそう思って事を進めていった結果、組織の支部にたどり着くために新宿をしばらく離れないと行けなくなった。その時になってようやく、香に今回の依頼を話した。香はいつものように朝ご飯を作って機嫌よさそうに洗濯物を干している時だった。先ほどまで天使のようにしていた香はすぐに憤慨したように唇を噛んだ。
「どうして、教えてくれなかったの」拳を握って、まるで拗ねた子どものようだった。何度か冴子に忠告されていたのだが、結局当日になって言ったので、俺は言い訳をする事も出来なかった。それでも、今はここを出なくばならない。そう言った時、香は「私も行く」と当然のように言った。それはシティハンターのパートナーとして当たり前の行動だった。
だが、俺は納得も妥協も出来なかった。「来るな」とわざと冷たく切り離した。自分勝手だと言われていい。何度罵倒されてもいい。
香がここで待っていてくれるなら、何でも良かった。
「ふざけないで。私はあなたのパートナーよ」

背筋を伸ばし、遼を見る香はさっきまでとは別人だった。日常から離れた瞬間の香もまた、遼は好きだった。こんな馬鹿なことを考えているなんて、香は思ってもいないだろうが。
気を逸らすように、手元にあるソフトのキーを押して冴子に出発の暗号を送った後。ソファから立ち上がり、玄関へと向かって「お前は、此処で帰りを待て」とついて来ようとする香を止めた。遼は知っていた。こんな風に、香を止める方法を。

すると香は悲痛な声で言葉を紡いだ。「遼、聞いて。確かに、私が足手まといになるのなら、行かない方があなたの為なのかもしれない。でも秘密で事を進めていた事に納得出来ない。何故一言も相談してくれなかったの」
遼は素直に言葉もかけれない自分に嫌気が差したのと同時に失望した。何故、自分は香をいつものこんな顔(表情)にさせるのか。

「すぐに戻る。話は後だ」



そう答えて、そのまま玄関を出た。
俺は結局ここへ帰ってくるのに二ヶ月もかかった。


この半年後、香は死んだ。

silent





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