3
もう一度顔を合わせた遼と香。その時、香は異変を感じた。というより、違和感に近い。
それは、あんこ。あんこの背中―お尻に何かが生えていた。それはどう見ても尻尾。それは黒い尾で猫のようには細くなく、むしろ太い。
香はあんこを見たまま呆然として顔を上げて見れば、遼も同じようにポカンとしていたが、「ああ、なるほどただの小僧じゃないってわけか」どうにも胡散臭いはずだと遼が息を溢した。たが困惑というよりは謎が解けたとばかりに、あんこの頭をがしがし撫でている。それはまるで生きている人間のようにごく自然に、あんこの髪が遼に指にかかっている。「あんこちゃん…」「その子はその姿(なり)だが、すでの百歳を超えておるよ」飲み込めないまま呆然としていた香の声に続くように、あんこのお爺さんが暢気にそう言った。
百歳…「ひゃくさいっ!?」香は、はっとして手を握るあんことお爺さんを交互に見た。するとお爺さんの肌からぴょんの髭が生えているではないか。もちろん人間が持つ髭ではない。そして袴の横から立派な尻尾が見えた。あんこよりも大きく、毛並みは金色に。
そんな中、あんこはにこぉとまるで悪戯が成功したかの様な笑みを浮かべているが、どうも香が驚いている様子が楽しかったようだ。ふりふりと尾を左右に揺らしてぴょんと跳ねた。そして「見ろ!立派な尾であろう!あんこは立派な狐なのだ!」自慢げにあんこは尻から繋がるふさふさとした尻尾を振った。ひょっこりと頭のてっぺんに耳が生えた。

だが、それを見た遼はちらりとあんこの爺さんを見てもう一度あんこに目線を戻すと、とても簡潔に当たり前のように答えた。「狐…というより…お前、狸だろ」爺さんの尾は確かに狐の色をして長い毛並みとほっそりした形でいくつも尾が重なっている。だが、あんこの持つ尾は濃淡が濃く、毛も短い。そして肉つきが良く膨らんでいる。耳もどこか丸く、とんがっていない。色も違う。「た、たぬきだと!?」ぴんと伸びた尾。あんこは憤慨したように顔を真っ赤にして繋いでいた両手を外して「あんこは狐だ!」とぷりぷりと怒った。
「百年生きてそれなら狸だろ…」「な、なにを!あんこは狐じゃ!『でりかしー』のないやつめっ」「おい、本当にその意味わかってんのか」「っ……!『へんたい』に言われとうない!」「…んだとっ」

「……」「……」私とお爺さんはぽかんと見ていたが、あんこと遼はまるで漫才のように言い合いを続けている。言っている事やっていることが違う。(…なんか楽しそう)
今度こそ可笑しそうに、香とあんこの祖父は顔を見渡せた。



あの後遼と言い争っていたあんこは、いつの間にか機嫌を直して今は遼に肩車をしてもらって庭先を歩いている。時々遼の髪を引っ張ってはあちこちに指をさして、きゃきゃと楽しんでいる。
香はそれを横で眺めながら座敷でお茶とお団子を頂いていた。髭と尾をしまったお爺さんは嬉しそうに庭先で孫が戯れているのを香と一緒に眺めている。だが―
「あのう、お爺さんも遼が見えるんですか?」香はそう尋ねた。「ああ、見える。よう見える。久しぶりに相手をしてもらったので杏(あんず)も喜んでおる」そうしみじみに言って香の方を見ると「改めて、孫の杏を連れて帰ってくれて、ありがとうな。礼をいう」と頭を少し下げた。香は慌てて「いいえ、お団子も頂いて。あの、遅くなりましけど、私は槇村香っていいます。この近くに住んでいて、今日は図書館へ行こうとうして、あんこちゃんを見つけました」「ほう。なるほど…」「はい。でもよかった。ここにこんな神社があったなんて知らなかったんで、たどり着けてよかったです」
「そうじゃのう。普段は隠れているからね」と飄々と答えてお茶を飲んでいる。「隠れ…そのう、ここは」「ああ、大丈夫。変な罠ではない。昔っからある社じゃよ。ただ最近は雲隠れしとるだけだ」
はあ、なるほど。香は相槌を打ってお茶を飲んだ。「お譲ちゃん」そう呼ぶとお爺さんはまったり言葉を続けた。「ここはお譲ちゃんが生まれるずっと前からあるし、そうそう最近は人間の前には出なかったんだ。そうだね…11年前ほどには何度か顔を出していたんだが」なつかしそうにお爺さんは目を細めて言った。
「そう…なんですか…。で、あのう、ちなみに、やっぱりお爺さんもあんこちゃんも、……狐さんなんでしょうか」
改めて聞くのも、可笑しい気がするが、香はそう尋ねた。持っていたお茶を膝の上に抱え手に力を込めた。するとお爺さんはまたおかしそうにふふと笑ってにょきっと頬に髭を生えさせた。そして後ろから出た尾は1尾だけではない、いくつも尾を重ねている。
「ここの山一体は我々が治めているんだよ。この姿は中々見せない。秘密じゃよ」悪戯気に微笑むお爺さんに香は思わず頷いた。







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