最近筋肉痛がひどい。香は腕をぐるぐる回しながらため息をついた。それもこれも無駄にハンマーを投げるようになったからに違いない。横目でふわふわと浮いている遼を睨んだ。案の定欠伸なんかしてお気楽そうに飛んでいる。まったく成仏する気あるのかしら。
「香、最近変よ?」(何かあったの)絵梨子が窺わしそうに、妙に疲れている香の顔をじっと見つめた。香は慌てて乾いたような声と笑みをあげて、なんでもないとばかりに手を振った。
「そう?でもあなた最近寝不足じゃない。ほら、ちょっと隈が出来てる」「あー最近ちょっと眠れなくて」「何、恋の悩み?」絵梨子は机を乗り出して食いついてきたが、そんなわけがない。香は笑みを繕って「何でもないから」と鼻息を荒くして尋ねてくる絵梨子に落ち着いてと促した。
「槇村さん」その時背後から学級委員の吉村さんがプリントを抱えて声を掛けてきた。
そしておずおずとプリントを一枚取って香に渡した。「弓道部の先生からみたい。提出は部活の時にって」吉村さんはそう言ってにこりと笑った。香は受けとりながら「ありがとう」と言ってプリントを読んだ。どうやら今月の部活費と冬にある合宿に向けての貯金についての事だった。ファいるに閉じて、他の生徒にもプリントを配る吉村さんを見ながら絵梨子は「ね、吉村さんって絶対眼鏡をとってメイクしたら、もっと綺麗になると思うの」そう言ってまるで獲物を見定めするような絵梨子を見て思わず吹いてしまった。
でも確かに吉村さんはあの分厚い牛乳瓶のような眼鏡を外せば、もっと魅力的になるだろう。何せ肌は白く、大人しい性格だし、大和撫子だ。それに将来のデザイナーが言うのだから間違いない。丁寧にプリントを配る吉村さんを見ながら私は「そうね」と頷いた。



放課後。
「あれ、部活行かないのか」遼が珍しそうに、弓を引く真似をしながら尋ねてきた。
「部活には出ないけど、プリントだけ提出したいから部室には寄るけど」香は鞄に詰めていた教科書をロッカーに置いて閉めた。
今日はクリーニング屋さんに寄って兄貴のスーツを回収したいし、たまにサボるのもありだと思う。「でも、それより 遼」なに、と前へと回って遼が返事をした。ぷかぷか浮いているので、体制は横になって寝ているような格好。ほんと幽霊ってこんなんだっけ。香はこめかみを押さえながら「目的。記憶ちょっとでも思い出してないの」そう尋ねれば、遼が『ぜーんぜん』とすいすいと廊下を漂っている。お前はラムちゃんか。
香はまったく、とばかりに首を振って悪態をついていると、廊下の一番奥で誰かが立っていた。格好からして女子だろう。夕方の校舎の端は薄暗く、少し薄気味悪い。(なんで、あんな所に立っているかな)あそこは確か音楽室。奥には階段もなくただ壁で終わっている廊下でぽつんと立っている。−吉村さん?
あれは―そう思った瞬間、私は足を止めた。ちがう。あれは、吉村さん、だけではない。香はぞくりと背中が震えるのがわかった。勘弁して。ひくひくと唇が横で吊り上って、一緒に静止した遼を見た。「ね、ね、あれもしかしてアンタのお友達?」香はそう言って後ずさりすると、一方の遼はその廊下の奥に佇む吉村さんを眺めながら、気まずそうに答えた。「いんや、あれもっとヤバイやつ」

なんてこった。香は無意識に半透明の遼の後ろへ隠れるように縮こまった。香は言いようのない陰のオーラに体を身震いさせた。駄目だ。自覚してもう一度廊下の奥を見れば、そこはもうおかしかった。薄暗いその奥は何かの違和感に覆われて、あそこにいる者が原因であるとしか思えない。香は深呼吸をして前で半透明に立っている遼に尋ねた。
「ね、なんとかして」手に汗を握りながら言えば遼は前を見据えながら「無理」と答えた。「あんな陰険なゴーストに近づく勇者はいないぞ」「陰険って…」「あれは近づいて、逆恨みされて吸収されるパターンだ」
「吸収!?」香はびっくりして遼を見た。「そうさ。俺たち(幽霊)にも事情があるんだよ」どうやら冗談ではないようで。「でも、吉村さんが―」「まあ確かに」そうやって会話をしていた時、吉村さんのお後ろにぴったりとくっついている黒い人?の固まりが、振り返るようにこちらを見た。私達の存在に気付いたようだ。


(あ、まずいな)そう遼が思った瞬間「どりゃああああ」横からいきなりの奇声と怒声。
気付けば、さっきまで弱弱しく縮こまっていた香が巨大ハンマーを構えてまるで電撃のように吉村さんの方へ走り出していた。「おい!嘘だろ!」さすがの遼もびっくりして、予想外すぎる香の行動にあっけにとられた。
香は霊気から生み出した特大ハンマーを両手に持ちながら廊下の先をめがけて雄たけびを上げている。さっきまで怖がっていのはどこのどいつだ。話し合いも何もない。遼はあんぐりとその光景に唖然とした。香の手にあるハンマーは徐々に青白く薄く光を帯びてより強力な光最後に放って、次の瞬間。どっか―――んと派手な音が校舎内を響いた。
パラパラと崩れる音共に、黒いオーラは消え去り、しゅうううと煙があがって、床に倒れている吉村嬢。そして床に転がるハンマーはすうっと消えた。そして叩かれたアレは、どうやら一気にあの世まで飛ばされたようで、何の禍々しさも感じられなかった。むしろ漂う香の霊気はまるで純粋で浄化を促すようなものだった。香は吉村佐和子が気絶しているのを確認すると彼女をそのまま担ぎおんぶをして逞しく「保険室に行ってくる」とその場を後にした。遼は呆気にとられ、香をそのまま見送り、しばらくその場で立ち尽くした。

その後、遼は香をスーパーヒーローを見るような目つきで見ていたという。








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