暗闇の中で微かに声が聞こえた。「香―」それは随分聞きなれた兄貴の声だ。すぐさまそれがわかると、また感覚はふにゃりとくだけ気持ちよく布団に顔を押し付けた。それでも続く声に、私は眠りへと続く意識を覚ませながら大きく叫んだ。
「はーい!もう起きるってばー!」うーんと体を反転させて薄目を開ければ、ドアが少し開いて兄貴がこっちを見て、「今日は早いから先に出るが、朝ご飯用意しといたから早く起きろよ」遅刻するぞ、と付け足して。それに、「…わかってる。いってらっさい」と答えれば兄貴はにこりと「行ってくるよ」と微笑んでドアが閉まった。朝が始まる。時計を見れば6時半…あと少しだけ…そう思って瞼を閉じさせた。


ガバッと起きた時、時計を見れば7時半。電車には7時45分のやつに乗るのに。
「嘘ー!」と声を開けて急いでベッドから起き上がった。ハンガーにかけていた制服を取って着替える。鞄に今日の教科書と宿題を詰めて、鏡で全身チェック。くしゃくしゃの髪は手ぐしで整えて洗面所へとかけて歯をさっと磨いて顔を洗う。鞄を持ってリビングに駆ければテーブルに並ぶ朝ごはんのメロンパン。とりあえず口に突っ込んでで兄貴が作ってくれたお手製のブレンドコーヒーを水筒に淹れた。テーブルにはお弁当もあった。
いつもは自分で作っていくようにしてるのに、兄貴はいつも早く起きれば必ず作っておいてくれる。
時計を見て、「やばいやばい」とドタバタ駆け抜けてそのまま玄関へと行った。ローファーを履いて玄関を開けて自転車に乗って、「あ!鍵!」あわててポケットから鍵を取り出して閉めて、もう一度自転車に飛び乗った。飛ばせばなんとか間に合うかもしれない。
ぐっとペダルを押した。風を切って近道を行く。ぎゅんぎゅんとペダルを漕いで、時々「あ、香ちゃん」と言ってくれる近所の人に手を振って駅の駐輪所を目指した。
その時――ぞくりと肩に言い様のない感覚が走った。思わず唇をかんで、「なんでこんな時に」と悪態をつきたい所だけど、そんな暇ないので無視をするしかない。私はただ紛らわすようにスピードを上げた。
ギリギリで教室に入れば、絵梨子が珍しそうに「香?大丈夫?」息を乱して鞄を下ろした私に絵梨子は爆弾を投下した。
「…香、急いできたみたいだけど、今日1限は自習だから先生いないよ」思わず鞄を落としてしまった。それから結局先生は2限にまったりときて、私の朝の努力は消えてしまった。どうやら今日は、あんなにも急ぐ必要なはかったみたいだ。


放課後、今日は部活もなく前に借りた本を返そうと図書室へと向かった。一方の絵梨子は吹奏楽の方へ行ってる。本を数冊抱えて図書室へ向かう廊下。夕暮れで吹奏楽の演奏が流れている。
眩しい茜色が廊下を染めているこの空間はひそかにお気に入りだ。それでもずっと気がかりだったこと。足を止めて人気のない廊下の奥へと一気に駆けた。窓と階段に挟まれた廊下。振り向いて目を細めた。
「あなたは誰、」視線の向こうには誰もいない。空気と窓だけ、続く廊下だけの空間に、私はその存在を確かに見出していた。いい加減、朝から感じていた―…
そう、それは半透明の、どこかが欠けていることもない姿は青年だった。私と同じ歳くらいだろうか。黒い髪と力強い瞳と高い背丈。
『頼みがあるのさ』その声は思っていたよりも心地よいもので、それに恐怖はなかった。どこかなつかしくも、ただ在るその姿をただ見据えた。
「悪いけど…その…他をあたってくれない」薄情になるのは嫌だけど、私は別に立派な霊媒師でも専門の方ではない。……出来れば、他をあたって欲しい。
「ムリ」
途端にすぐ返事が返ってきた。ひくつもりもない、というような強い声だった。
「ね、ほら私別に完全な霊力じゃないの。ほんの少し見えるだけ―」「もう、お前にとり憑いたし「すると青年はいやらしい笑みを浮かべた。そしてにやりと意地悪そうにふふんと言った口調で『ま、それよかお前さボーダーのパンツはないぜ』と言った。途端に一気に体中の熱が発火し下から上へ沸きあがり、これ異常ないほど沸騰した。朝の自転車通学の時かと思っていたけど、どうやら違うようだ。一体いつからとり憑いたんだ…!
「どっちかというと二番目の引き出しにあった水玉のパンツの方がいい」ベラベラと話す声と内容に赤面しつつ、唇をかみ締め手をぎゅっと握った。

なんて失礼なのっへんたいエロおばけ…!
しゅううううと煙と共に出てきたハンマーを手にしっかりと握った。ぎろりとエロおばけを睨めば、「おいおい、俺はゆーれい。物体が効くわけないだろ」と余裕をかましている。ぎゅっと構えた。赤くなった頬と弓道部で鍛えた腕力。弓を引く力は結構強く、痛いのだ。だからこんなのを振り回すくらい平気のへっちゃらだ。
「それはどーかな!」私はおもいっきりハンマーをその半透明の顔面に叩きつけた。

ぎょえええええええええ
けったいな雄たけびと共にハンマーはエロおばけを巻き込み廊下の壁へと突っ込んだ。
私はそれを見届けるとパンパンと手を払い、ふんと鼻息をした。母方の実家は神社だった。そして、母も『そういう』のが見える人だったという。微量ながら受け継いだ私は、あまり見えない割にも撃退力は半端なくも受け継いだ。
「ふんッ さ、もっかい起き上がりなさい。今度はもっと大きいハンマーであんたをあの世までぶっとばすから!」中指を立てて仁王立ちした。瓦礫の奥で「ギブ、アップ」

それがこの夏の始まりだった。







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