私は泣きながら誰かの肩の上にのっている。
何が悲しいのか。ただ驚いて、気が動転している。頬に指をあててひくひくシャックリをあげて、涙を拭う。日差しが暑くって、それでもただ揺れるだけ。白いシャツが眩しい。せわしなく蝉の音が聞こえる。
次に気づけば家の近くにある神社に居た。狛犬が二体。その周りをくるくる回って走りぬいた。ここは人気がないけれど、とてもお気に入りの場所だった。でもそこには影があった。覆いかぶさろうとこちらへやっていくる。恐くて、足がすくむけれど私は深呼吸をして、もみじのような手に力をこめた。大丈夫、恐いものは何もない


家の近所の自宅を通っていくことは、いつもの日課だ。ここを通り抜けて家々の隙間の路地を通ると近道なのは小学生のときに知った。いつも夕方近くになってもずっと神社の隣にある公園から帰ることはなかった。薄暗く、紫色がうっすらと出てきても、近所の友達と駆け回りながらかくれんぼや鬼ごっこを楽しんだ。
それでもどことなく空気が少し夕飯の温かい匂いが立ち込めた頃。みんなは視線を合わし、「そしたらまた明日ね」とまるで合図のように散らばって帰っていく。
私の母も父も小さい頃事故で亡くなった。みんなのように、温かいリビングでお母さんが手作りの夕飯を作ってくれていることはなくても、「香―」ボールを持ってゆっくりと振り返った。
そう、私には兄貴がいた。私はその姿を見て、持っていたボールを持ちながら駆け寄って手をつないだ。年の離れた兄は、眼鏡をかけ直しながら笑みを向けてくれた。「今日の夕飯は―…」



それから数年。私は高校生へとなり、今は弓道部。運動には自信があったし、もちろん体力もそんじょそこらの男より持っている…と思う。陸上部やら合気道、色々誘われたけど、兄貴が学生時代にやっていたとかで興味を持ち、今では中々の腕前だと思う。弓をぐっと引きながら的を狙う。集中力がなかった私には難しいものだったけど、今はもうその静けさの中でおこる一点の集中はとても好きだ。
ぐっと引いた腕と、姿勢と視点を定めて手を離した。矢はひゅんと風を切って的へと突き刺す。ピン、と緊張が晴れ、その矢の行方を追う。よし、真ん中だ。
ようやく息を吐いた。弓を直し、持ってきたタオルで汗を拭った。壁にもたれて、伸びをした時、「かおり!」絵梨子が弓道部入口からこちらに手まねをしていた。もう片手には白い手紙があり、それを見た途端に理解した私は、立ち上がって絵梨子の所へと向かった。「どうしたの」香は外に出てドアを閉めて尋ねると、絵梨子は興奮したように持っていた手紙を私に見せた。そこには、つい最近絵梨子が狙っていた先輩の名前だった。吹奏楽部で3年の先輩で、おとなしいが容姿だけどさり気ないお洒落が良いらしい。絵梨子曰く野球部でちやほやされてる先輩よりもカッコイイそうだ。
そんな先輩にこの前アタックした絵梨子。どうやらその手紙は返事だそうで―
香は手紙を受け取って、真面目にも整った字は確かにその先輩の性格を現していた。そして、その手紙の答えは「OK」とのこと。香は笑みを浮かべて「よかったね!絵梨子!」と言った。今時手紙で返事をくれるなんて、なんとも古風だが、素敵だと思う。
まして友人の恋が実ったのだから。絵梨子はきらきらと瞳を輝かせながら頷いて、「ありがと!」と跳ねた。

兄貴は大学で考古学を教えている。確かに昔っから本を読んだり、難しい歴史書や古い物への愛着がとても強かった。趣味と念願の研究生活にいつもご飯を食べるのも忘れて熱中している事があるから、時々部屋の様子を見に行って手作りケーキと紅茶を入れて持っていく。
部活の帰り、本屋さんで買った「裏技でおやつ作り」なんていうレシピを一つ一つこなして今では弓道の次に趣味になっている。それを作っていけば、兄貴はしみじみと「こんなのも作れるようになったのか」といちいちフォークを止めて、しみじみとあの眼鏡の奥にある瞳を弓なりさせる。どうも感傷に浸りやすくなった兄貴に私は「何言ってんの!」と笑って背中を叩いて部屋へ出て行く。「香、」なあに、と振り向けば兄貴が紅茶のカップに手を取りながら「今度お前に紹介したい人がいるんだ」と言った。
途端にピン、と私の中で一筋の線が張った。前々から気づいていた勘があたったと感じた。そして、「うん。わかった」そう言って答えれば、「追って連絡するから」と兄貴は嬉しそうに微笑んだ。――兄貴の良い人…どんな人だろうか私は、まだ何も知らないかのように返事をして部屋を出た。

小さい頃両親が事故死してから兄貴が親代わりでずっと育ててきてくれた。歳が離れていたせいか、親よりも近くずっと見守って可愛がってくれた。自分で言うのも照れるけど、…うん。そんな兄貴にはずっと昔からの恋人がいるのは知っている。本人はずっと隠してきたつもりみたいだけど、兄貴の嘘のつけない性格からすべてがバレバレでお見通しだった。
そして、と言うべきか――兄貴のコートをクリーニングに出した時に見つけたカードケース。その中で入っていた写真。一枚は小さい時の私と学ランに身を包んだ兄貴。そしてもう一枚、とてもきれいな人が兄貴の横で寄り添った笑みを浮かべている。どうにも擽ったそうな表情から、すべてが読み取れた。
(この人だ、と)あまりにもきれいな人だったので、少しびっくりしたけど、兄貴もやるな、と笑ってしまったのは言うまでもない。
高校に入った今、もう私は子供じゃない。いつまでも兄貴によってかかるつもりはない。兄貴には幸せになってほしいのだから。



私は鼻歌をしながらお盆を両手に胸に抱いた。台所について、さっき洗った食器類からコップを取り出して冷蔵庫から麦茶を取り出して淹れた。夕飯も食べ終わり、すっかり時刻は夜の10時。一息カップに口をつけて、自分の部屋に戻った。携帯がチカチカと点滅していたので開ければ、絵梨子からメールが一件届いていた。カチカチと親指でボタンを弾ませれば、今日ゲットした先輩とのメール内容やら、ご自慢の恋話を繰り広げていた。
羨ましいかぎり。恋多き絵梨子は退屈という文字なはないのだから。私は携帯の画面に集中しながら返信を打つ。―どこかあちこちとする気配に気づかないふりをして。
私は目を伏せる。もう慣れたものだけど。あんまり好ましいわけではない。正直いって嫌いなのだから。ぶるぶると頭を振って絵梨子への返信へと集中させて電気を落とした。
歯磨きもすませて、今はパジャマ。少し早いけど、今日は早く寝ようとベッドの布団に潜った。





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