しゃこしゃこと歯磨きをして水を含んで濯いでいると「香」と呼ぶ声が聞こえた。泡を拭って、もう一度口を濯いでから返事をすると、兄貴がひょっこりと洗面所のドアから顔を出した。黄緑のパジャマの香は寝癖をつけながら「なあに」と返事をすれば、香のその子供のような姿に秀幸は笑って、どうにも寝起きで頭が働いていない香に「向こうに帰る日程、リビングのカレンダーに書いといたから、また見といてくれ」と言った。
多分、今の眠気眼の香に8月の予定を言ってもすぐに忘れるだろう。槇村はにこにこしながら「早くしないと遅刻するぞ」とその場を離れた。そして、あっと思い出したようにまた洗面所に顔出して、もう一言付け足した。「あと、向こうには先に帰っててくれ」「なんで」香はふかふかのタオルで顔を拭きながら尋ねると、兄貴は相槌を打ちながら「前に言っていた、紹介したい人を連れてくるよ」と言ってそこから立ち去った。スリッパの音が離れてゆくのを聞きながら香は「はーい」と返事をして、え、と顔を上げた。
ううう、嘘!
(ちなみに『向こうに帰る』とは母方の実家のことだ。毎年大型のお休みには帰るし、夏はお祭りもあるしいつもより多く宿泊する。)
「えー!」香はタオルを持ってそのまま兄を追いかけた。そしてきゃっきゃと喜びながら、少し耳が赤くなっている兄の脇に肘を食らわして背中を叩いた。
そんな様子を横目に遼は今朝さっき槇村がポストから取ってきた新聞を見つけて、「ブラコンにシスコン。今日も平和だな」と呟いて今日のトップ記事を眺めた。



夏休みもう間もなく。蝉の声を勢いをまして、夏らしい暑さとすっかり遠くまで見渡せるほそ晴れ渡った空は澄み切って雲が白くよりぽってりと浮いている。学校に着けばいつものように教室へついて、絵梨子と話をする。しかも今日は朝から起きた兄貴の言葉に香はどきどきして未だに落ち着けなかった。
実際こうして会う日にちがわかると緊張するものだ。もちろんそんな香の様子に気付いた絵梨子はその話を聞くと一緒に喜んで「なら、香も会うときはお洒落しないと」絵梨子はそう言って清楚でかわいい服をと香にアドバイスした。相変わらずだ、と香は笑いながら適当に頷くも、親友の小さくも温かい祝福に「ありがとう」と言った。
やはり朝の出来事は香にとって大きなニュースだった。最愛のたった一人の兄は将来のお嫁さんを連れてくるのだ。写真では見ていたしとても綺麗な人だった。でもそれは尚更緊張する事実だった。
キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴って、もうすぐ1限目が始まる。絵梨子は自分の席へ戻り、香はノートと教科書を用意しながらぷかぷか浮いていた遼を見上げた。
ガラリ、教室のドアが開いて先生が入ってきた。それと同時に「起立」委員長である吉村さんが凛とした声が教室に響いた。椅子をずらし、一斉に立って「礼」という言葉と共に頭を下げて席に着く。香はいつもの様子でいる委員長を確認して今日もほっとするように座った。見た感じ、もう変なのものは感じない。きっとあれっきりだろう。

その日の昼休み、香は絵梨子とお昼をしながら、今朝の話の続きをした。絵梨子は香よりも意気込んで、兄である秀幸の結婚生活を想像した。もちろん、絵梨子は兄にあったことがあるし、多分一番香の家に遊びに来ている。
「秀幸さん、子どもが出来たらきっと良いお父さんなると思う。でもそしたら、香は叔母さんだ」
絵梨子はそれを言ってくすくす笑うと香はジュースのストローを口に挟みながら、「話が早すぎ。それに私は「お姉ちゃん」でいくつもり」悪戯気に香は答えた。「なにそれ、ただの家族になるじゃない」絵梨子が呆れたように言うのを香は少し笑ってごまかした。本当は嬉しいけど…寂しい。でも兄貴は自分のために随分恋愛から遠のいた。いつだって私を優先して、行事も家事も家計も。だから、今度こそ、これから幸せになる必要がある。香は兄の作ってくれたお弁当を出して考えた。
「あ」途端、絵梨子は声を上げて箸を止めた。「どうしたの」香は包んでいた布巾を畳みながら尋ねると「そうだ、香。知ってる?…理科室の第U準備室、出るらしいの」絵梨子は深刻そうに眉を顰めた。「でるって…」そこで、『何が』というには野暮だった。香は自然と手元を止めて斜め前で浮遊する遼を見た。遼も話を聞いていたようで、目線でお互いアイコンタクトをした。「なんか、それを見た子が一昨日から休んでるらしいの」「へえ」と相槌を打ちながら興味がないとばかりにお弁当に目を映したが、何故か体が硬直していくような感覚に陥った。「気味悪いでしょ?確か一年生の子で準備室のソレを見てから気絶したらしくて…で、そのまま登校拒否」「風邪じゃないの」香は何かが始まる予感を感じていた。
「ううん。違う。だってね、先輩も見たって」「え」

昨日、見たんだって。
でね、そのせいかわかんないけど、今日休んでるの





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