それにしても良い庭だ。香はのんきにお茶を啜りながら飲んでいた。実家が神社だしこの体質のせいかどうかはわからないが、社の中で広がる空気はとても心地がよかった。清められているというか、神聖な気持ちになる。この社もそうだ。とても高貴なものを感じる。現代とは違う時代がここに取り残されているようだった。
そんな風に落ち着いている香を横目に「ここにいれば時を忘れてしまう。所でお嬢さん。杏を見つけてくれたお礼だ」そう言って懐からなにやら紫の大き目の巾着を渡した。
「大丈夫。変なものではない。お譲ちゃんには…わかるだろう?」それは見透かした瞳だった。香はとても敏感な体質。邪なものはすぐにわかる。そしてもちろん受け取った巾着からは何も変なものを感じなかった。
「これは―…」「お守りだよ。これは杏をここへ連れてきてくれたお礼だ。ちょっとばかしお守りにしては持ち運びにくいだろうから、大事な時がきた時に持ちなさい。それまで家にしまっていると良い」
「ありがとうございます。なんだか、私の方が得している気分です」香を肩を上げて困ったように微笑んだ。「いいんだよ。きっと今日はもう図書館とやらには行けないだろうしね」「え?」香は思わず声を上げたが、気付かれなかったのかお爺さんはずずっとお茶を飲んでいた。


それからしばらくの後「ああ、もう帰った方がいい」お爺さんはそう言うと、よいしょと立ち上がって伸びていた尾を一瞬にひっこめた。香はそれを見て自身も立ち上がり庭先であんこと遊ぶ遼を呼んだ。「りょー帰るよー」そう言って手を振ると、遼の肩にのっていたあんこは不満げに顔を耳をたれさせた。かわいい。香はくすっと笑ってしまい、地面に下ろされて走って来たあんこの頭を撫でた。「もう帰るのか?」「うん。あんこちゃん。もう迷子にならないようにね」「む―…、また会えるのか?来てくれるか?」そう言って香のシャツを引っ張るあんこ。
だけど、さっきお爺さんから聞いた話ではどうもここは普通の場所ではないようだし、此処へまたこれるのかどうかは…「ええよ。お譲ちゃんたちなら、また来たらいい。歓迎するよ」そう思っていたことを読まれていたようで、お爺さんはきっぱりと笑みを浮かべて答えてくれた。「これも縁よ。人も狐も選んだ『縁』だ」あんこはそれを聞くと嬉しそうにぴょんと跳んで遼の足元まで走っていった。案外遼は子どもに好かれる性質のようだ。

そして手を大きく振るあんことお爺さんに見送られながら参道に続く鳥居を抜けた。すると最初に来たようにもやもやと霧のようなものが立ち込めてきた。ぶるりと香は肩を震わし後ろを振り返ったが、もうすこには鳥居もあんこもお爺さんもいなかった。驚いた香は「りょ、」言葉を発したところで前へ向き直るとそこはもう裏山の小道で出た所だった。あれ、こんな所から行ったけ?まるでどこでもドアから出たような光景に香は白黒とさせ、隣にいた遼は「なるほど」と頷いた。それは、なんとすでに太陽が落ちて夕方。空は茜色ではなく紺色に染められ。星が見え、月がうっすらと細く光っている。神社にいた時は完全に昼だった。太陽もあった。時間にしても滞在したのは2時間くらいだろう。
「してやられたな。図書館もう閉まってるだろう」「うん」香はぽかんと突っ立って隣に立つ遼に今日の感想を簡潔に述べた。「あ、本の返却日今日だった」
暢気な香を横に遼はため息をついた。





チリン チリン

「にしても不思議じゃのう」そうして忽ち、体は九尾へと変貌した。金色に光り、目を細めて立ち去った娘と魂の残像を眺めた。娘は神気に満ちたものを持っていた。生まれながらに持ったものだろう。そして隣にいたあの魂。あれは、ただの魂ではない。肉体を失った彷徨えるものとは違う。あれは―
「じいじ」傍らに立った杏に呼ばれその思考を打ち切った。
どちらにせよ、また会えるだろう

チリン





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