「冴子ちゅわ〜ん!」
遼はそう言って体をくねくねさせた。そんな様子に槇村は眉を寄せて、頭痛がしてきたとばかりにため息をしている「あらん♪りょおじゃない」
冴子は黒のドレスに身を包み、その豊満な体を艶やかに魅せていた。その手には煌びやかに光る銀の指輪。古い王国の秘宝。
ここは塔の一番上。風は強く、髪を揺らしている。かくも、遼が盗った指輪だったのにいつのまにか冴子の手に。そんなことは気にもせず、遼は冴子に飛びつこうとした。が、そう簡単にもいかず、冴子は太ももから取り出したナイフを数本投げつけた。それをひらりとかわせば、案の定冴子の姿はもうなかった。


塔の下には警察がウヨウヨいる。槇村それを確認して、海坊主に目配せさせると、案の定遼に向かって「もうお前とは仕事をせん」と腕を組んだ。ファンファンとサイレンが鳴りひびく。今日は満月。塔は高く、より夜空が近い。風も強く、酸素も少し薄いような気がする。その夜景に溶け込むように、すでに冴子はコウモリのようにすでに小さくなって飛行していた。―相変わらず、準備がいい
遼はふわん、と欠伸をして今の状況を把握する。
どうやら、下はもう警察に固められているだ。しかも此処は高い塔。逃げ場はない。
冴子のように用意周到のごとく飛行できるものがあれば良いんだが…
遼はジャケットのポケットからミニのサイコロを取り出しぼそりと声を出した。

「お―い、香しゃん。準備はどう?」
「―バッチしよ!」

途端に上空の雲から一つの機体が見えた。(おお、上等なもんに乗ってきたな)
遼は空を見上げて、小さくだが、ソレを運転する人物に手を振った。それを槇村も確認した途端、「遼っ…!」槇村が遼の襟を持ち上げ、物凄い剣幕で遼を揺らしていた。
「おまえっ!また勝手に俺の妹を使ったな…!」普段穏やかで、冷静な槇村は消えていた。へらへらしている遼を揺さぶりながら怒声を上げている。
それもそうだ。かわいいかわいいと、蝶よ花よと面倒を見てきた妹が、今はトラップの名手になり、今はあの機体を操縦している。男っぽくなるように育てたつもりはこれっぽちもない。ただこの遼と関わってから、香は妙に小さい頃からこの男を好いて、
「アニキ、アニキ」の口癖に「遼、ね、遼は?」の口癖まで追加された。そんなオプションをつけて欲しくなかった槇村は、出来るだけ香を遼に会わせないようにしていたのに…この男はこっそり香に会いに行っていた。

そして今ではこのありさま。香までもが、遼の仕事に登場することになった。槇村の顔は真っ赤になっている。怒りで我を忘れて、しまいにちょっと涙を浮かべている。それを見ていた海坊主は不憫に思い、槇村の肩に手を置いて、「おい、香が来たぞ」と教えてやった。
そこにはその機体には不似合いな程、満面の笑みを浮かべる香の姿だった。
操縦をしたまま、(早く乗って)と後ろへ指を差している。
遼は、「まあ、まあ。槇ちゃん、また帰ってからにしてよ」と香に合図を送っている。
海坊主は力の抜けた槇村の肩に腕を回し、香の操縦する機体に入っていく。遼はそれを見届けて、自身も飛び乗った。


耳の横をすり抜ける風に目を細めて、美しくそびえる塔に目を向けた。満月は夜の空を美しく飾る絵画。
遼は口の奥歯に手を突っ込んだ。そしてそこから出てきた指は何かをつまんでいる。
そうそう毎回、冴子にお宝を盗られては面白くない。生憎、今頃冴子は指輪を見て、顔を赤くして怒りにもえている頃だろう。もちろん、これは――銀の指輪。彗星の欠片と呼ばれた美しい古代の秘宝。遼はそれを見て、空中に照らした。

翌日の新聞の一面は、もう決まっているだろう。そして遼は今頃塔の頂上についた警官達に手を振った。







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