すべての呪縛と恐怖と絶望が飛び散るように嵐が起こった。もうそこに男の魂はない。
どこか遠くへ飛んでいった。自身が仕向けたことだったが、どこか満足していた。人間とは面白い。シヴァはそっと遠くの森へ飛ばされた狼に聞こえるように、そっと吐いた。
それはソルトにも言った言葉。
「その言葉しかと受け取った。だが忘れるな。すべては生きているそなたらが作ってゆくのだ」

狼が片目を押さえながら立ち上がった。「ぅううう゛う゛う゛」唸り声と共にかき乱すように半狂乱になっている。
瞼の裏、いや目玉に直接文字を刻まれたようにずくずくと燃え上がる記憶の束が一気に脳へと送り込まれた。突然苦しみ立ち上がった狼に驚いたソフィアは駆け寄って狼に触れようとしたら、その手を狼が投げ払った。
「……っ」思わぬ狼の行動にソフィアは怯えたように手を引っ込めた。
両目が痛い。そして頭も。狼はどうにか片目だけを押さえ、もう一つの片目で花を持つユイを見た。花びらがぼやけて、薄く光っているように見えた。
一方その前髪の隙間から見える目はぞっとするほどに、深い闇と突き刺さるような鋭さがあった。
驚いて動けなくなったユイはただ呆然と狼青年を見ている。ちらつく炎と何処までも広がる星空に狼はやっと両目を見開きその光景に言いようのない虚しさがこみ上げてきた。
全部、思い出した
狼の目じりには痛みと共にはいってきた膨大な記憶の衝撃で涙がついていた。

ソルトは どこだ
張り付いた魂に刻まれた記憶の中には、たった一人のソルトがいた。
ソルトソルトソルト



Conclusion of story

万遍ない星空で満月が奇妙に大きく、くり抜かれたかのように在る。空気は透明で浸透する。星屑のように散らばる夜空のカーテンが閉められた中で一つの塔があった。
その塔の上では松明で照らされ、付き人達が連なる。その中の中央で一人の赤い髪の人間が眠りについている。そしてその草原の向こうの森で一人の男が目覚めた。漆黒の髪を風で揺らしながら、ユイが持っていた花が舞った。それと共に、その尋常にも優れた嗅覚を素早くも察知した。その目線の先には目の間にいる二人の姉妹ではなく、遠くに上だけ見える、塔だった。
ソフィアはそれを感じ取り、首を振った。長年もずっと見てきた。だからこそわかる。
目の前にいる彼は、何処かへ行ってしまう。
「いや、いやよ。いやいやいやいやっ」ぽつりと零れた声はどんどん連なり震え、拒否と悲しみが浮かんでいた。そして彼の腕に縋りついた。
「行かないでっ」お願いと哀願するように強く握った。
だが狼の視線はすでに塔の先を見つめていた。前髪の隙間から見える瞳が少しずつ煌くように「ソルト」と零した。復活した記憶と共に共鳴したものが瞳の奥で刃のように切り刻むように、そして穏やかにも白黒の映像が下から上にと光の嵐の中で蘇った。
そこにはソルトが独り、星空の下でずっと帰りを待っていた。何日も何月も何年も。
そこに動かず、ただ永遠とくる夜を一人で待っている。

(そこへ帰る お前はどこだ)

眼差しはすべてを語るには十分の答えだった。ソフィアは打ちひしがれたように嗚咽で肩を揺らし、彼のローブから手を離して俯いた。そんな弱りきった姉を見たユイは、状況が掴めず、狼青年へと近づいて籠からもう一度掬った花を今度こそ渡した。
それを受け取った狼は、いや彼はユイの頭を撫でて一瞬の風と共に消えた。その穏やかな表情をユイは今後もずっと忘れることはない。






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