Night of full moon


あれから三日が経った。ソルトは高齢のまじない師から聞いたように身を清め、あの草原にただずむ塔へ行こうと宿屋を出た。その入り口で数人の付き人が待っていた。まじない師は妙齢の為に外に出ることはない。その代わりにとまじない師の配慮で儀式には数人の付き人がつくことになった。シヴァに会うことは特別なこと。村中はそれを知ってか否かひっそりとして、どの石畳の家も外に蝋燭を灯し、ソルトを見れば礼をしていく。
そんな様子を横目に見ながら緊張する胸をそっと撫でた。特に重たい荷物もないソルトは、夕暮れの空を見上げながらほっと息を吐く。
(もう何年も途方もなく過ぎてしまった)
片手に握る小瓶を見つめながら、決心したようにぎゅっと握った。
「ソルトっ」
聞き覚えのある声であり、待ちわびたダレンの声だった。その腕には分厚い本を一冊抱えている。歩もうとしていた足を止めて、目の前で息を乱しながら走ってきたダレンを労った。
「よかった、間に合って」ダレンは額の汗を拭ってソルトにその本を差し出した。
ありがとう、ソルトはそう言って、その本を受け取った。
頑丈な表紙は暖色で少しくすんでいる。そこには金色の細い文字でタイトルが書かれ、作者名の欄はなかった。少しだけ付き人に待って貰い、もう一度部屋に戻ってその本を開いた。ダレンも一緒に部屋へ入り、ソルトが聞きたがっていたページを横から示した。



ソルトはそのページを読み終えると、溜めていた息を吐いた。ぱらぱらと捲り背表紙や他のページを見た。びっしりと書かれた文字にはすべての知識が刻まれ、その筆跡はもう、ソルトが何度も見てきた文字だった。「せんせ、」その本を胸に引き寄せた。
「作者の行方は誰もわからないみたいだ」
窓の外を見ていたダレンは、本を抱きしめているソルトに言った。ただ黙ってそれを聞いているソルトは目を閉じて本を机に置いた。そして背表紙をひと撫ですると立ち上がった。
「ありがとう ダレン」そう言うとソルトも窓の外を見て、笑みを向けた。付き人達がこちらを見ている。「もう時間ね」ソルトは伸びをした。
「ついていくよ」心配そうなダレンがそう告げると、ソルトは首を振って断った。
「ここで待ってて」今度は(大丈夫だから)と念を押したように言うソルトはどこか霧が晴れたような笑みを向けて、何かを得たようだった。その目には煌くものを感じた。
ソルトは身支度を整えるようにして服装を整え、ドアに手をかけた。
「帰って来たら、お酒を飲みましょう」
ライム入りのね、ウインクしたソルトにダレンは観念したように苦笑いした。
ふふ、ソルトは意地悪そうに手を振りながら背を向けてドアの向こうへ消えていった。


そうして、その部屋にも、ダレンの前にも、二度とソルトが戻って来ることはなかった。彼女は星屑をその目に映し、聳え立つ塔の上で『眠り』から目を覚ますことはなかった。









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