謎と言うべきか、『意味』と言うべきか…
片目を開け、師はソルトの頬を撫でながら言葉を続けた。
「それには『眠り』からまたシヴァの元へ行き、また等価交換をする必要がある。普通の人間ならソレ相応の対価で自身の魂を取られるが、お前には…その力がある。前は泉が入り口だったのがいけなかった。あれには掟がり、生きているものには厳しい。今度は違う道から行くと良い」
ソルトはまたあの、美しくも眩しいシヴァを思い出した。
「あちらへ行くには満月の夜、自身を清めてからこの水を飲むといい。場所はこの村の置くにある草原に眠る古の塔で、一番に月と近い場所で行いなさい。もうあちらへ繋がっているのなら、あとは扉を開けるだけだ」まじない師はそう言って、懐から透明の装飾が施された瓶をソルトの前に置いた。
「では、今一度聞く。そなたの名はなんだ」まじない師は横に置いてあったケースから磨かれて黒光りに光る石をいくつか取り出して絨毯の上へ転がし貝や動物の骨を広げ、何かを始めた。
「ソルト」そう答えると、まじない師は皺がよった手を止めた。そしてはっとしたようにソルトを見た。深い新緑がじっとソルトの意識までをも入って来るような感覚。
「そうか、だからシヴァはお前を完全に『眠り』へと彷徨わせる事が出来なかったのか」
その言葉にソルトは目を細め、「どういう事ですか」と聞いた。
眩しそうにしたまじない師は「『ソルト』の真(まこと)の起源を知らないのかい。…だが、…まあそれも仕方がない。何、ダレンに聞いて見るといい。あれは知識の伝を持ち、お前の知らぬことを知っている。お前の師の足跡の欠片を」

目を見開いたソルトは、大きく息を吐いた。それは久しぶりに、人から聞いた「先生」の話だった。「先生をご存知なんですか」そうソルトは尋ねれば、まじない師はこれ以上ないほど微笑んだ。「かつての弟子さ」9番目のね、と付け加え、まじない師はソルトの手をもう一度とった。ソルトは驚き、信じられないと思うも、確かに纏う空気は似ていた。そして先生のローブの文様と目の前にいる高齢のまじない師が身につけている文様は一致していた。古くもなつかしくも、描かれているのはまじないの言葉だろう。
「満月は三日後。この水を飲めば、あちらへ行く。過去も未来も黄泉も現世も。すべて入り組む、途方もない空間。全てを選択するのはそなただ。だからこそ教えておく。あちらに行けば、自分以外のものを気にしてはいけない。ましてや、シヴァに捧げる『まじないの力』でさえ使ってはいけない。そしてもちろん、シヴァに『力』を渡さなくばならない。それを破れば、シヴァは掟に厳しい。破れば、死が待っている。だが、そこにすべてのヒントがそこに眠っている。お前の大切なものを見つけるチャンスが」
威厳のある声が響く中、ソルトはすぐに返事を出した。
「行きます。その水を下さい」ソルトはそう言うと、まじない師の手をゆっくりとおろし、二歩下がって頭を下げた。
この人が先生の師であり、その水を飲んだ先に『全て』があるのなら私は会いにゆく。
もう答えは決まっていた。




すっかり外は夜になり、お店から良い匂いが立ち込めてきた。ソルトはまじない師から水を受け取り、抱擁した。満月はもう三日後を控えている。ソルトは建物から出て、待っていると言っていたダレンを探した。そしてふと酒場を覗いてから振り返ればダレンが「どうだった」とソルトへ駆け寄ってきた。
ソルトは慌ててポケットに眠る小瓶を握りながら「まあ、ね」と適当に返事をした。
この2、3年一緒にいることも多かったダレンだが、狼や先生についての事はあまり詳しくは教えてない。そんな事も知らないダレンは「それはよかった」と純粋に笑みを向けてくれた。なんだか心苦しくもあって居た堪れなくなった。が、それよりもソルトはダレンに聞きたい事があった。
「ね、ダレン。あなたは、…その、私の『ソルト』の意味を知ってる?」
足を止めて、乗り出すように聞いたきたソルトに、どうしたんだとばかりに見たダレンは、さらりと答えた。
そして「大昔によくある言い伝えを知っていればわかるだろう。それに、言っただろう。俺の一族は物書きだって、そのへんの事は知っているよ」
ダレンはそう言って、夜空を見上げながら、確か…と頭をひねり出した。「ほら、それにまじない師が書いた本に詳しく載っているよ」
まじない師 ソルトが復唱すれば、ダレンは記憶を辿るように答えた。
「ああ、俺の父さんも参考にしたやつだ。数年前に出てね。詳しいまじないの調べや地域や言い伝えの解説がすばらしくてね。ちょっとした有名なものさ。確か『高名なる呪い師』と呼ばれた―」
そう言葉を切った瞬間ソルトはダレンの首元にすがりつき、「その本何処にあるの!」
夜の道端で大人気もなく叫んでいた。
ソルトの瞳は揺れて、少し震えたようにダレンの服を掴んだ。いつものソルトの様子が変わったのに驚いたダレンは慌てたように「落ち着け」と促した。
目の色を変えたソルト。何か事情があるのだろう。ダレンはソルトの腕を掴み、落ち着かせるようにゆっくと言葉を紡いだ。
「今はここにはないんだ。多分ここの書庫にも。確か、隣町に保管してある。なんだったら送ってもらおう。隣町に知り合いがいるんだ。多分三日後には着くさ」
ダレンの言葉にソルトは肩を上下させながら、やっと落ち着きを戻し、「…ごめんなさい。変に取り乱しちゃって…。でもその本、読みたい」そう言って目を伏せたソルトにダレンはしっかりと頷き答えた。

「…わかった…なら、三日後に届けるよ」






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