その広場にはすでに多くの村人でうまっていた。中には赤い血のような化粧を施しているもの。壇上には縛り付けられている、小さな子供、ダリアの姿。ソルトは目を見開き、人々を掻き分けてそこへ向かった。
ダリアの体は縛られ、木の板に括り付けられていた。目の前には大きな水路…?泉が広がっているが、ダリアが今からされることは「水」ではない。その後ろで燃え盛るあの巨大な松明から火を移し、焼き殺されるのだ。そしてその惨劇を見ようと集まる群集。
壇上の隣で、白の衣を羽織った老婆がいた。そして大きな杖を持ち、言葉を紡いでいた。
「この者の死は炎の煙となってシヴァ神へと届けられる。骨は聖水であるこの神聖な泉へと沈める。子供の皮と骨をもった呪い子の因縁はここで断ち切られ――
「違う…!」
目の色を変える村人たちの狂気。拳を握り締めて、ソルトは叫んだ。
「ダリアは不幸の子でもない…!そんなものを持って生まれる子はいない…!」
あのまじない師は、神のお告げに飢えた村人に、ダリアの人生を引き換えに出任せを言っただけだ。でなくば、何が罪だ。
「生贄なんてただの悪い迷信だわ…!」ざわめく村人達は次第に儀式の邪魔をしにきたソルトに非難の声を浴びせた。中には石を持って投げるものもいた。飛んでくる鉱物はソルトの頬や腕にあたり、痛みと血が滲んだ。狼はそれをなぎ払おうするが、神殿の前であるからか、それともシヴァの泉の前だからなのか、先ほどとは比べ物にならない痛みがじわじわと腹の奥で湧き出ていた。
そしてその証拠に普通の人間にはわからない眩いほどの白の光がその泉から放たれているのが見えた。酷い鈍痛に意識が飛びそうになったが牙を食いしばり、殺気を放ちながら正気を保った。そんな様子にソルトは気付かず、松明の向こうで磔にされたダリアを見つける事に必死になっていた。
そしてその炎の狭間で見えた少年を確認した時、ソルトは考える前にも体が動き、そこへと駆け出した。そうなれば、男たちは止めようとソルトを羽交い絞めにした。
「早く。火を放て…!」その声が響き、人々は声を上げて賛成の声を叫んでいた。紅蓮の炎がダリアの足元へついた。6歳のダリア。
いやだ、こんなの、おかしい…!
徐々に炎は高く、月夜に燃える。ダリアは絶叫に声を上げた。それを見た村人は一気に声を止め、ただその惨劇に目を見張る。老婆のまじない師は笑い声を上げて、燃えろと叫んでいる。
狂っている…!
ダリアを助けようともがき、唇は切れた。頬を殴られ、その男達の力を止められなかった。気づけば、ダリアの足元に炎がうつされた。それはまず藁に燃え移り煙と共に青白く燃えた。
それを見た老婆のまじない師は、「見よ…!あれがダリアの魔物の正体…!」人々の歓声が響く。
狼が牙をむき出しに足をぐっと乗り出そうとした時、ソルトはそれよりも早く纏わりつく男たちを蹴散らし壇上へといっきに駆け抜けた。抑えようとする人を俊敏の避けながら、腰元に差している短剣の鞘を唇でとって捨てた。その風のようにすり抜けたソルトに人々は目を見張った。身もはばからず、炎の中に飛び込んでダリアの足元の縄を切った。
熱い…! ソルトはダリアの体に巻きつく板ごと持ち上げ、目の前に広がっていた泉へと飛び込んだ。バッシャーンッと巨大な水しぶきが飛び散った。見張りは慌てて追いかけ、泉を覗き込むが、その中は聖地。シヴァの領域で生きているものが浸かる場所ではない。ただ呆然と泉へと入っていったソルトとダリアを見ていた。
そんなソルトはダリアを水面の衝撃から守った為、腕に痛みが走った。
ひりひりと、そして重い。熱気で髪は縮れただろう。火傷も。だがそれよりもまだ小さなダリアは煤で汚れ、足元は赤く爛れている。

ソルトはその体をぎゅっと抱きしめ、頭を抱いてやった。体は沈んでいく。ぶくぶくと泡と共に、暗く深海のように寂しく寒い。ソルトの意識はすでにぼやけていた。しっかりしようと上へと行きたいのに、いけない。がぼがぼと息が水の水面へと目指し流れていく。
(苦しい)
くらくらする頭の中で白い閃光が走った。瞼を閉じた瞬間、すべての世界が遮断された。
ソルトが次に目を開けた時、そこは白の世界が広がっていた。
「ここは、」ソルトが周りを見渡した時、そこには仰向けに倒れているダリアの姿。目を瞑り、意識がないようだ。
「ダリアッ」すぐに駆け寄って、その頼りなく小さい体を揺さぶった。
その時、目の前である人影が白よりも眩しく光っていた。あまりにもの光に目を細める。
――浅ましいな 生きているのに我が泉に入ったのか
徐々にその光はふち取られ、人の形へとなった。滑らかな白い肌に長くまっすぐに伸びる髪は白銀だ。右手には身の丈程にもある銀の杖。そのオーラは圧倒的な存在を示していた。
(シヴァ)ソルトはダリアを胸元へ抱き寄せ、顔を両手で持ち上げた。「ダリア、」その時初めてソルトはダリアの肌や様子に違和感を感じた。
揺すぶって起こそうとするが、反応は一切なかった。動向も温度も心臓も。ダリアは蝋人形のように、死んでいた。






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