気づけばソルトは街中にいた。狼はソルトを地面に降ろすと少年へと戻り、「なんであの馬鹿王子にはハンマーしないんだ」とか言い出した。もちろん王子なんて位に手を出す方がよっぽど馬鹿だとソルトが言えば、狼は不服そうに眉を吊り上げた。
「それに、先生に関係がある国なんだから」
妙に開き直ったように言ったソルトの態度はさらに狼をイラつかせた。ソルトは時々途方もなく子供になって、うぶになる。そして、自身の師を過信しているようにも思えた。
「なら、お前の師が結婚していい、って言ったらするのかよ」
一瞬どきりとしたソルトは誤魔化すように「先生はそんな事言わないし、ほら、結婚なんて…ね」と両手を前に振った。
彼の黒い前髪の隙間から見えた瞳は完全に怒っていた。ソルトは動揺しながらも、何故そんなに怒っているのかよくわからなかった。だが、どうやらソルトや師が思っている以上に狼はソルトの番犬になっているようだ。

後で合流した先生はげっそりした顔で「今すぐ此処を発とう」と言った。二人は顔を見渡せると二つ返事で「そうしよう」と答えた。もうソロモンが原因で喧嘩をするのも疲れてしまった。町も昨日とは違って何故か煩わしくさっさと宿へと帰り荷物を纏めた。そしてあっという間にさっさと国を発った。後から話を聞くと、ソルト達があの場から去り、王がわざわざ大広間に来たのだと言う。
そしてソロモンの求婚よりも、熱心なお誘いの方が大変だったそうだ。
「此処に残り、わが国でその力を発揮していただきたい」
その台詞から始まり、給料やら泣き落とし作戦…様々な事柄を繰り広げられたそうだ。
内容についてはあまり触れなかったが、ミゾが止めなかったら永遠と続いていただろう。
先生は「もうしばらくは此処には来ない」と生気を失ったような表情になっていた。師をこんな風にさせたこの国はすごい。ソルトは苦笑いをして、このの元凶を作ったのが自分だったことを思う出し申し訳なく思った。
だが実はあの後、ソロモンの熱心な口添えで国王が「ソルトを花嫁にしたとならば、師であるあなたもさぞ彼女の事が心配でしょう。では我が国のまじない師として共にやっていこうではないか」そう言ってソロモンが賛成だとばかりに拳を握った瞬間、「お断りします」
即効で断った。もはや絶句。正直の所、こんな女たらしの王家にソルトを嫁になんて出したくもない。もちろん、ソルトには「あの国では求婚が挨拶のようなものさ」と適当に話しておいた。




帰っていくまじない師を見送りながら、王子は心底悔しそうにしている。
確かに、自身を守るように立ちはだかったソルトは美しく真っ直ぐだった。あの燃えるような髪と彼女独特の何かが、確かにソロモンの心を捉えた。
そしてあの群青の瞳を煌かせた。深く、波のようにさざめく血縁の瞳それは何かを確かに見通した。それにソルトの師の力は身にしみて感じた。彼は多分、誰もが思っている以上に強力なまじないを秘めているだろう。まるでそれは100年程前に名を馳せたまじない師のようだった。文献や物語の中でしか登場しなくなった、たった独りぼっちの呪(まじな)い師を。
帰り際のソルトの師にその事を伝えて賞賛すれば、彼はすぐに首を振って「いえ、彼ほどの術師はもういませんよ」とソロモンに先ほど非をもう一度詫びて去っていった。でもソロモンが気になったのはそれだけではない。
―あの狼。途中ソルトを城から出した時に姿が人間に変わった。あの瞳も力も明らかに普通ではないものを持っていた。
それに、あれは…(魂とその姿が伴っていなかった)でも今さら何を考えようにも、答えは出ないだろう。ミゾは何やら思いつめるソロモンの様子を伺った。が、その時すでにその目はいつもの瞳へと戻っていた。そしてソロモンは何事もなかったように城へ入って行った。


――青の国
ソロモン=ファンはその後王位につき、よりいっそうの繁栄を国に約束する
もちろん、その人生の中でソルトたちと次に会うことはなかった。






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