市場で一際良い匂いがした。屋台の前に行けば、パンが並べられ焼きたての野菜や肉を詰め込んで売っていた。いち早く反応した狼少年はソルトを引っ張って指をさした。
「あんたね…」「俺はいつだってアレを盗れる」「―わかったわよ」
ソルトは呆れたように言いながらも確かに、自分もお腹すいていた。匂いにつられ、ぐうっと鳴った腹をはっとしたように押さえれば、彼は意地悪い表情でソルトを見ていた。
仕方がない。ソルトは腰の巾着から銀貨を取り出して、2つ買う事にした。
手渡されたパンは熱くて、すぐに彼に渡して一緒に頬ばった。店主のおばさんは「あんた見ないかおだね。いい顔してるからおまけしとくよ」なんて言われて、素直に受け取った。人の好意は素直に受け取っておくべきだ。

狼少年と一緒に道を散策しながら建物の角へ曲がった時、柄の悪そうな連中が道の端で何か揉めているようだった。なんだろう。いつものように好奇心に駆られたソルトはパンを一気に口に収めて人ごみを掻き分けていった。「おい、お前また―」
「ちょっと待ってて」適当に返事をして、ごくんとパンを飲み込んだ。狼の言葉なんてもう耳には入っていなかった。中心に居たのは灰色のローブを被った人であった。その人はいかにも柄の悪そうな連中に囲まれ野次を飛ばされていた。
「おい、金目のものを置いてけ」「俺の服が汚れちまったぜ」と何かネチネチ文句を言っていた。
嘘、またこの展開。ソルトは目を半眼にさせて、ため息を零した。横で同じように見ていたおじいさんに事の至りを尋ねれば、どうやら深くローブを着た人がこの男の肩にぶつかり、その男が持っていた酒がこぼれたそうだ。
(なんなの。最近ろくな男がいない)こんな大国でも馬鹿はいるのね。ソルトは大げさに頷いた。そして気合を入れたように腕を捲くった。そして案の定―「ちょっと!服ちょっと汚れたぐらいで何お金せびってんのよ」
ソルトは腰に手を当てて、深くローブを被った人の前に覆いかぶさるように立った。そうなればもう止まらない。その大きな声を確かに聞いていた狼少年は、鬱陶しそうに(またかよ)とこちらも大げさに首を振った。
「生臭坊主か…なんだてめェが金出すのかあ?」
カチンとソルトの中で何かが切れた「ガキじゃない!それに私は女!」盛大に叫んで、どこからともなくハンマーを取り出した。
人だかりがどんどん増えてゆく。ソルトの声は響き、見えなくてもその状況がすぐに見て取れた。狼はパンを一口で呑んで、口の中で歯軋りをするように牙を重ねた。
ろくな戦闘術でもないくせ自ら突っ込んでいくのは、どこぞの動物の本能と同じだ。天を仰いで呆れ返っていた。
(だいたい…なんなんだ。その馬鹿でかいハンマーは)前から思っていた。ソルトは腰に下げている小袋から馬鹿でかいハンマーを取り出す。まじないは下手だとか言って置きながら、それは出来るのか。途端にあの飄々としてソルトの師を思い出した。(もっとマシな修行はしてなかったのか)仕方がない、とばかりに手の間接を鳴らした時―
「何をしている!」
切り裂くような怒声が響き渡った。そこには剣をぶら下げ、胸にこの国の文様の騎士達。
きっと誰かが呼んだのだろう。警護隊か何かか―。割と早く来たので、狼はふんとその騎士たちを横目にした。だが妙に豪華で、えらい長い行列―
その後ろで並んでいた馬から掻き分けるように老紳士―上品に気品に溢れた痩せ型金髪の―ミゾだ。
ソルトは持っていたハンマーを下にして突然現れたミゾを見て静止していた。
群がっていた人々は、瞬く間に半分を開けたように分かれ、その光景を凝視している。
ミゾはその群がる人を中心にして立っているソルトを見て、驚いたように声のトーンを変えた。「ソルト殿!」慌てたように駆け寄って「失礼、」と囁いた。しかしそれはソルトにではなく、ソルトの後ろで庇っていたローブの人へであった。
王国の護衛隊とその側近の登場に道中が一気に静かになった。
「何故こんな所に」ミゾはそう言って盛大なため息を零し、その顔に安息の色を浮かべさせた。
「ああ、すまない」薄汚い灰色のローブから漏れた声は、似つかないほど若く、精力に溢れた力強い声。

「悪戯がすぎます。王子」

ソルトはハンマーを床に落とした。






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