今日も夜の空を見ていた。中庭の縁側で足を宙ぶらりんにさせながら。
香は片手に何かを持って、夜空に透かすように覗いている。そこにはいつもの影を落としたような表情でない香がいた。
トメは少し驚いて、その原因を知っているかのようなその―きれいな玉の事を尋ねた。
「それは、どうしたの」
すると、香は大きな目を瞬かせてゆっくりと口パクで唇を動かした。
その微かな形と短い単語にトメは「――そう」と目を細めた。

慈しみの微笑みが夜空にまどろんだ。




ある日、トメさんが一人で診療所にやってきた。珍しく、香は一緒ではなかった。
少し青ざめたようなトメの顔色を見て、遼と香は顔見合わせた。さゆりは慌てて落ち着けるようにと、お茶を淹れた。
そんな中、ぽつりと話し始めたトメさんの語りに、二人は耳を傾けた。
「あのねえ、香ちゃんに伝えたんだよ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも亡くなったって…」
トメさんは落胆したように、ひどく疲れたように体を縮まこせていた。
さゆりと遼はもう一度視線を交差させ、ただその語りに息を呑んだ。
香は―…「あの子はねえ…やっぱり気づいていたみたいでね。香は毎日お庭でお祈りしてたんだよ。そこにたまたま居合わせて、どこにお祈りしてるんだろう、って見たらね…
香ちゃん、お天道様にお祈りしてなかったんだよ。それでねえ、よく見たら、庭の端っこにちちゃいお墓を3つ立てていたんだ」

遼は黙ったまま、トメを見つめた。長いため息のあと、トメは涙ぐませながら、顔を両手で覆った。
「ほんとうにねえ、気づいてるかもとは思っていたけれど、まさか自分でお墓立ててお祈りしてるなんて…」
その小さなお墓には花が添えてあったという。
それから、トメはゆっくり香の今後について話した。
上の息子、香の伯父にあたる透が、香を引き取ろうかと今は話が持ち上がっているという。
随分前から香は現実を受け止めていたのだから例え今は声が出なくてもいつかは治るだろう。それまで、ここにいなくても、少しずつでも都会の新しい生活に慣れなくてはならないと、話し合ったそうだ。
トメは自分の孫だし、引き取っても良いように思っていたが、何分自分も齢80越え。
いつ何が起こるかもわからない。透の言葉も確かに一理あり、何も言い返せなかった。
香にはまだそのことは話してないが、近々都会へ帰り、改めて整理をしなくばならないと言う。「香ちゃんは、亡くなった事改めて聞いて―」さゆりが言いかけると、トメは頷きながらその手を握った。そして、はあ…とまたその情景を思い返すように語った。


――あの時香はただ黙って頷いて、手元にメモ用紙にこう書いた。
「 だいじょうぶ 」
何が大丈夫なのか、その時はわからなかったけど、すぐに香が自分のことを案じるなと言う意味だとわかった時には、ごめんねえ と抱きしめていた。
それでも香は泣かないし、話さない。
それでもあの子は一人じゃない。トメは涙を流しながら、遼に言った。
「りょーちゃん。香がねえ、夜になるとずっと空を見て寂しそうにするんだけど、最近はある玉を持ってずっとそれを透かしては覗き込んでいるんだよ。あれはりょーちゃんがくれたんだってね」

ありがとうね、トメさんは遼の手を握った。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -