それは小さな町。
田舎とも呼ばれるそこは、山が近く田んぼが多い。人口もお年寄りが殆どだ。

若い人の多くは上京してここから離れて都会へ行く。
だけど反対に都会暮らしをしていた若い夫婦がこちらへ着たりもある。理由は空気も澄んでいて療養にもなり、割と施設は充実しているからだ。その為地元の自治会はその施設、小学校や病院を通して地域密着型でボランティアを募ってお年寄りの家へ訪問したり、交流をしたりする。

そのせいで昔から近所付き合いが多くあり、仲が良かった。元々この地域の人たちは穏やかで人柄が優しい。その中で―お年よりが患者として行き着けの診療所があった。それはとある心療内科。
心の病気で来るというよりかは、みんな話し相手を求めてやってくる。
いつのまにかお土産を携え、笑い声がたえない。だが―そこの主治医はそれを狙ってたわけでもない。むしろもっと若い子が来て欲しい。不純な動機を持っているのにも関わらず、患者が絶えない診療所。
そこも、いつの間にか、地域のよりどころであったのは確かだった。そして、これもまたその頃に起きた出来事に過ぎない。

さゆりは受付の裏でカルテの整理をしていた。ぱらぱらと捲って名前順に重ねていく。
慣れた作業なので、あっという間に整理していくと、トルルルルル――電話が鳴った。
さゆりは慌てて整理していた手元の引き出しをしめて受話器を取った。
「はい、もしもしこちら心療内科― え?ああトメさん?」それは、たまにくる患者さんのトメさんだった。
ええ、ええ、相槌を打ちながら、さゆりはトメさんの話を聞きながら、その表情は神妙になり右手でボールペンを取った。
そして近くにあったメモ帳にすらすらとペンを動かした。「ええ、わかったわ」と声を和らげ笑みを零した。すると電話越しでは、トメさんが「さゆりちゃん、ありがとうね。先生にもよろしくね」と涙ぐんだような声が囁かれた。かすみは目を細めて相槌を打ちながら会話は終わった。
それからさゆりは電話のボタンを切って、メモ帳をちぎった。
(すぐに先生に言わないと―)
さゆりは白衣のポケットにメモを突っ込み、さっそくとばかりに、診療所へ向かった。



小さな診療所だけど、割とご近所は人気である。
看護師の私が思うんだから、間違いない―んだけれど…診療所のカーテンをぐっと引いて、「先生!」と怒声をあげれば、ぐったりとだらけた白衣が見えた。机に顎をのせて、口元には医者にはあるまじき煙草。
診療所でそんなものを咥えるなんてッ―
「先生!!」半眼の目にだらしない顔に渇を入れるため、机に置かれた医学書でその頭を叩いた。途端に蛙が潰れたような一声があがり、「ひどい、さゆりちゃん」
と甘えた声でべえーと舌を出して白衣を肘までぐいっと上げた遼は、ほわと猫のように欠伸をした。
(今は患者さんもいないし…)
ちらりと見た、窓の外は暖かな日向が移って、草花で覆い茂っている。
ちょっと遠くに目を移せば、山がうっすらと見えて―
まあ、この町は事件や事故にもあまり見舞われない、平和な町だから、ねえ…
いや、でも「そう!トメさんからの伝言」
さゆりは慌てて白衣のポケットからメモを取り出して呼び上げた。
「今日の2時にトメさんのお孫さん。小学生の女の子なんだけどね、診察に来るって」

それを聞いた途端に、先生は―遼は珍しそうに乱れた髪を整えながら、椅子の背にぐっともたれ、くるりとさゆりの方を見た。「トメさんの孫はもう大学生じゃなかったけ?」
「それは上の息子さん―お兄さんの方で、今日来る女の子はトメさんの下の息子さんのお子さんよ。
その息子さん夫婦が一昨日の晩に交通事故で亡くなって、…お孫さんも…―でも下の子の女の子だけ一命を取り留めたって。今日からトメさんの家に来るそうよ」
かわいそうに、さゆりは顔を曇らせた。トメさんは町一番の優しいおばあちゃん。
目元にある皺も肌も、物腰も、上品で情にあつく、歳にしてはとてもしっかりしている人だ。
そんなトメさんの声は電話越しでも、切なそうなほど悲痛で、気丈に話していたけれど、落胆の意思が伝わってきた。
まさか、自分の子が自分よりも早く亡くなって、しかも義理の娘さんにお孫さんまで…
時々、この診療所に来るトメさんの姿を知っているからこそ心苦しい。

遼はそんなさゆりの口から出る情報を聞きながら、口元に咥えていた煙草を机に置いた。
そこで気づいたが、煙草には火がついていなく、どうやら咥えていただけのようだ。
「その子、ここに来るってことは命に別状なかったって事か…」
だが、それにしても酷だろう。両親も兄弟も亡くしてしまったのだから。

さゆりはこくりと頷き、
「ええ、まったく。奇跡だって、でも―ほらやっぱり、両親もお兄さんも亡くなって、
まだ小学生だし受け止められないようだからって、打ち明けてないらしいよ。
でね―声が、事故のショックで出ないみたい。一応検査で大きい外傷もなくて、健康体そのものって…」

名前は―、ほら。
遼はその手にさゆりから受けとったメモ用紙を見つめながら、
いつも優しそうに蜜柑を差し入れてくれるトメさんを思い浮かべた。
メモに書かれた名前は



「 槙村 香 」








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -