いつものドアを開ければ、さゆりさんから「あら、」と優しい笑みを向けられた。
そして時計をちらりと見て、「学校は?」と首を傾げられた。
香はくすりと笑って、「今日は非難訓練だから学校は早く終わったんです」
と答えると「ふふ、なるほどね」とさゆりはさえずりの様に笑った。相変わらず、とってもきれいな人だ。香はうんと伸びをしてから、「今患者さんいます?」と尋ねた。
「今は休憩中だって。だからいないわ。お茶入れるから、入って」
さゆりがそう言うと、香は「はい」と笑みを浮かべて診察室へ入っていった。


さゆりはそんな香の後ろ姿を見ながら、随分大きくなったなと…
(おっとおばさんみたいだわ。やめやめ)
―兎に角も、そう、香ちゃんは今は中学生。背もぐっと高くなって、少女の片鱗を少しずつ抜け出そうとしている。ちなみに、今年で3年生になる。
香が此処へ来て声を取り戻した後、都会へ帰ることなくトメさんと一緒に住んでいる。
すっかり治っても、香は此処へ来る。遼になついているのは変わらないまま。いつの間にか、さゆりのお手伝いもして、もうあの小さな子供ではない。
せーラー服で遊びに来る香は遼の所へ来ては、さゆりの変わりに遼の破廉恥行動に歯止めを利かせている。(ハンマー持ってきた時はさすがにびっくりしたけどね)

すっかり、元気を取り戻し軽い足取りで歩む香はあの頃から変わらずご近所で評判だ。
遼は聞こえた声ですぐに香だとわかっていながらも、机に向かって前の患者のカルテを綴った。
よれよれの白衣のポケットの奥には、小銭とレシートと、ガラス玉。それは一見ただのビー玉だが、もうそれはかけがいのないものだった。もちろん、中学生へと成長した香の記憶にはあまり残っていないのだが。
「遼!」
もう拙い声でもない。元気いっぱいの声が診療所で響いた。手元のペンを置いてきぃと椅子回転させた。
「あん?香ぃ―またきたのか」遼はそう言っているが、まんざらでもないだろう。
アレでもどんどん成長する香を本当に見守っているのは確かだ。
さゆりはカーテンの向こうから聞こえる会話に思わずくすりと笑いながら天井を仰いだ。
ちなみに、さゆりは遼と香ちゃんが一緒に手を繋いで歩いている姿を見られないのがすごく残念だった。
…さすがに中学に入った香と手を繋いでたら、違う意味でびっくりだが―
(それでも、微笑ましかったのよね)
香は怒ったり笑ったり、遼に学校の話しや宿題を見てもらいに来たりそれはそれは楽しそうに話す香の表情が何を語っているのかは…
さゆりも感づいていたが、特に聞かずも言わざるも、ただ心に留めて置いた。
(何せきっと本人も自覚がないのだから)


さゆりはポットのお湯を確かめながら、ふうと息をついた。見上げた戸棚に置かれた写真たて。
そこには、あの遼と海原の写真―と、もう一つ。それは、今の心療内科を開業して、記念にと撮ったもの。遼は白衣姿で、さゆりのお尻を触ろうとスケベ顔でよだれを垂らしている所でシャッターが切られ、写真たてに収まっている。
さゆりはそれを半眼で見ながら、

(にしても香ちゃん。……趣味が悪いわ)




fin thankyou!
(これにて一旦閉幕。ありがとうございました)







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