お金持ちの男の子。彼はリョウと名乗った。
あれからリョウはこの野原によく来るようになった。此処には不似合いは洋服なのに、何も気にしないで原っぱの上で寝転んだり、私が木の実やハーブを採っているのをじっと眺めている。とてもきれいな身なりなのに口が悪い。身なりはまるで王子様なのに、これでも意地悪な王様だ。だけど、リョウは木の枝を土に差しながら動かして文字を教えてくれた。カオリの兄も色んなことを知って多くの文字を知っていたけれど、リョウは本当に聡明で頭が良かった。同じ歳くらいとは思えないほどに。でも、「リョウは此処に来ていいの」
そう尋ねると、決まってリョウは目を逸らし「俺は偉いからいいんだ」と言って、とても綺麗な字を書いている。それは学者の兄が書くものと同じくらいに聡明でまるで魔法のようだった。
「なあ」唐突にリョウが声を上げて動かしていた手を止めた。そしてじっと私を見て顔を覗き込んだ。私はじっくりとこの変な瞳を見られたくなくって目を伏せるようにした時、リョウが私のおでこを片手で覆った。前髪を下から掬いあげるようにして、熱を持った手のひらが私のおでこを占領した。相変わらずリョウとの距離が近くて、私は「やめて」とその手をどけようとしたのに、リョウは前髪を避けるようにペパーミントの瞳を覗きこんだ。そして首を捻って尋ねてきた。
「なんで妙に前髪を伸ばしてるんだ」
「え?」変な色だとか気味が悪い、そう言われると思っていので私は変な声をあげてリョウを凝視してしまった。
「もう少し切った方がいい」目が悪くなるぞ。リョウはそう言って手を離した。
そしてそのまま澄ました顔で文字の続きを書いている。地面を引っかいて書いている様子はとても熱中しているようで、難しい羅列が並んでゆく。それはあまりにも思っていたものとは違う反応だった。いつも出会った人はカオリの瞳を気にしていたし、とても気味悪がっていた。でも、それは確かに正常である反応だし、今さらカオリには当たり前の事だったのに。王様みたいなリョウならきっとすぐに気付いて、はやし立てて馬鹿にすると思っていた。
カオリは自身の前髪を人差し指で摘んで、そっと撫でた。伺うようにリョウをちらりと見ても、夢中で何かの物語を書いているのか、私にはよくわからないけど、とりあえず何度も頷きながらそれを見守った。
「なあ、カオリ」
リョウは唐突に言ったが、すらすらと手は動いて地面に枝を走らせている。初めて名前を呼ばれたカオリは動揺して、さっきのリョウの行動より今の方がとても緊張してしまった。
「な、なあに」カオリはリョウの前に座りながら、ようやく答えた。
「教会の裏にある低い校舎の奥に館があるの知っているか」
「うん」
「今は廃墟同然、物が全部置きっぱなしで誰にも見つからない」
「知ってるわ。でも怖いから行ったことない」
「なら、今度一緒にいこう」
「え?」
カオリはリョウが書く文字を追っていたので、一瞬驚いて顔を上げれば、リョウも同時に顔を上げて目があった。「二人なら怖くないだろう」その台詞に、いつの間にか私は「うん」と答えて、お互い笑って顔を見合わせていた。

ペパーミントの瞳。これは妖精の瞳。この瞳は、誰にも見えないものを映すときがある。誰にも見えないもの。私はこの瞳がきらい。だってみんなも嫌いだから。でも、その日はこの瞳を持っていることを一瞬忘れかけた、大事な日になった。リョウが私に笑いかけてくれた初めての優しい日。









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