*CH×デスノート(読みきり)


今日は依頼もなく、珍しく遼と買い物へ来ていた。
いつもなら遼はナンパへと精を出すが、すっかり冷え込んだおかげで、アパートに居る時間が長くなった。だからその分、買出しの時は遼を引きずって外へと出た。冬の買出しは寒いし、重たいし、寂しい。たんまり買いだめして、いつでも依頼が来ていいように体力をつけないと。香は上機嫌にマフラーへ顔をうめた。
「休憩しよお〜」「ねーねー香しゃーん」
遼がしくしくわんわん文句を言うが、無視無視。だいたいほとんどが遼の胃の中へ消えるものなのだから、我慢してほしい。それにそれくらいの重さで根をあげる男ではないのだから。なにせ不死身もっこり男なんだもの。香はいつもの腹いせとばかりに足を速めた。
そんな香はある花屋の前で足を止めた。「わ、きれい…」そこには青く、咲き誇るバラ。数本が店頭へ並んでいた。
妙に嬉しげにバラを眺める香に遼は、はあーとため息をついてその背中腰に花を覗いた。
青い薔薇とはいっても、まだ紫っぽく完璧ではないようだった。バラには通常、赤、白、黄色が主で、「青」を作るのは難しいとされる。ま、だいぶ出来上がってきたってとこだろうか。少し、未完成なバラを見る香はうっとりとしていた。
それから一通り買い物を終えて、近道とばかりに昔アニキとよく通った細い裏道へと歩いていた。
「今日はおでん…んー水炊き?」香は指折りながらすっかり夕暮れになった空を見上げた。空気は透き通り星がちらちらと見えて細い月がうっすらと顔を出している。
「香ぃ―…こっちの道であってるのか」
よいしょと大量の袋を抱えなおしながら、遼は窺わしげに目を半眼にさせて香を見た。
大丈夫、大丈夫。香はそう言ってなつかしい道を鼻歌で歩いていた。
すると、がくんと身体が前のめりに傾いた。あ、と思うまに膝から下がカクンと抜けて、地面へと着く前に、「香!」と遼が後ろから香の腕を引っ張った。
途端に地面がなくなった。いや、なくなったと言うより身体全体が、宙を浮くようにふわりと感覚がおかしくなった。
香を掴んでいた遼は妙な感覚に咄嗟に香を庇うようにした時、二人はそこから消えた。



ワタリ、男がそう呟くとすぐに目の前で起動していなかった画面がすぐさま映った。
「これを、イギリスの大使館へ送って下さい」
カタカタ、と片手でキーボードをピアノのように叩いた。ワタリの返事と共に、資料は送信されオリジナルのデータを消去した。次に左にあるPC画面にパスを打ち込み、画像をいくつも目の前にあるPC画面に出した。
画像はアメリカで起こったとある事件現場の写真。どれも遺体は手首を切られ、赤い血とそこには不似合いな青のバラの花びらが散りばめられていた。
カリ、と爪を噛み、目の下にふち取られた隈が色濃く画面へ映った。そして覗き込むように資料へと目を通した。
ぷぎゃという声と共にドスン、と床が響いた。地震かとも思ったが、ブタのような…いや人の声が混ざっていた。男は…いや、Lは後ろを振り返った。
そこには絡み合うような男女がフローリングの上で落ちてきたのか、身体を強打したようで、もだえていた。
ちらりと見た天井に穴はない。もしもの為の防犯システムも反応していない。Lは目をパチパチして口に含んでいたチュッパチャップスを取った。
「ワタリ、なんですかコレ」
PC画面に映っていたワタリも驚いたように、Lが振り返っている所を見ていた。
男女が確かに、そこにいた。
Lがいる場所は、とあるホテルの一室で厳戒たる警備と最新の防御システム共に、最高クラスの部屋。
そこにいたのはLだけのはずだが、確かにこの目ではっきりと見た。Lの背後で天井から人が落ちてきたのを。
「いった〜い!」「っつぅうううう!」
男が下敷きになりその上に女がいた。目の前にいる男女はあちこちを摩りながら、何やら喧嘩をし始めた。
「くッ香どけ、よッ」「あーもう!ひっぱらないで首がしまる!」
どうやら男女の顔はアジア系であり、言語からすれば日本人のようだ。
Lはチュッパチャップス加えて立ち上がった。どうやら目の前で転げる二人今の状況をわかっていないようだ。
「何してるんですか」そう言った時、マフラーをほどく女性が、はっとしたようにこちらを向いた。
もちろん、さっきまで平和に裏道を歩いていたのに目の前には、尋常とは思えないほどの隈と猫背の男に香はすぐさま遼の上からどいた。
「え?此処どこ?」
きょろきょろ周りを見渡すが、そこは明らかに部屋の中であり、しかも豪華の部屋ではないか。
一方Lはいきなり現れた男女に、これでも最大限の驚きが彼を襲っていた。もちろん、それが態度に一ミリも出ていないことは確かだ。もう一度上を見ても穴はない。ここに居るのは自分だけのはず。
何もない空間から突如として現れた人間二人組を興味深げに覗き込んだ。
また一方の香は気味の悪い男に覗き込まれ、率直に感想を述べた。それはその男の隈と白と黒だけの配色により決定した感想だった。
「パンダ」
Lは薄い眉を寄せた。



香はその後すぐに謝った。自分でも無意識にぽろりと言ってしまったのか、頬が赤く遼は半眼で腰を摩りながらため息をついた。
とにかくとばかりに、遼と香はご丁寧にソファへと座らされ、事の事情を取り合えず話した。
Lと名乗った男は、沈沈とその話を聞きながらポットから紅茶を淹れて砂糖を大量に入れていた。
変人、というワードがすぐさま浮かんだ。
遼は遼で。もっこり美人とかじゃないとか言い出し、香が主に事の至りを話していた。
後から入ってきた老紳士は香の話を手短に聞くと、持っていた財布から身分証を預かり出て行った。
「にわかに信じられません。ですが突如落ちてきたことは確かですし、もし仮にあなた達が何かのスパイ、あるいは情報捜査官だとしても、まぬけすぎます」
滑らかな白カップにどっさりの角砂糖を入れながらLは話した。
そして隣で点滅した画面を見てキーボードを一つ押せば新たな情報が映った。
Lはいち早くその英文字を読むと、香の方を見た。
「香さん。あなたの保険証にのっている住所ですが、あなたの言うアパートはありませんでした。戸籍の問い合わせもしましたが――お二人のものをは見当たりません」

それを聞いた香は意味がわからないと言う顔でLを凝視した。遼は勝手に淹れて飲んでいた珈琲を止めてLを見た。
「俺の戸籍がないのはわかるが、香のがないってどーゆことだ?」
「冴羽さんでしたね。あなたは戸籍がないんですか」
Lが興味深げに親指の爪を噛みながら聞くと、遼は濁すようにあーまあ、と返事をした。
とりあえず、信じられないと言った香は財布からクレジットカードやスーパーのポイントカードを取り出した。Lはまたそれを拝借して老紳士に渡した。そしてやっぱり答えは同じだった。
「どうやらクレジットカードもスーパーも存在すらしていません」
Lは拝借してたカードを香に返した。

そんな馬鹿なと香が受け取ったカードをまじまじと見た。
使えないも存在しないも何も、さっきまで買い物で使った。荷物だって、ちらりと見れば買い物袋の山。
中には透けて、特売で買ったお肉や卵のパックを見えている。
自分の身分を証明するには、他の誰か…、よしキャッツに電話をしよう。このままじゃ、本当に遼と一緒にこの世に存在していないことになる。
「電話を貸して下さい」香がそう言うとLは目をパチパチとさせた。
そしてゆっくりと言葉を紡いだ。
「お見かけすると、お二人が持っていた買い物袋のマークや文字からして日本で買い物をされたようですが、そもそもココは日本ではありませんよ」

ぶ、と遼は口に含んでいた珈琲を吐き出し、慌てたようにソファから立ち上がった。そして閉めてあったレースのカーテンをばっと開けた。
「遼っ」いきなりの行動に香もその後に続き、遼が開けた妙に豪華で美しい装飾がされた窓枠の向こうに見えた景色に、二人揃って絶句した。

美しい海と映画でたまに見る絶景の町たち。
平地を山と海に挟まれたような形になっているそこは、

「ここはモナコですよ」
Lは飄々と紅茶を含んだ。




fin 

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