今回の依頼人は香よりも、素直に女の子らしいと言える あゆみさんという人だった。
清楚で美しく、非の打ち所がない女性。やさしくて気が利くので、もちろん遼はデレデレ状態。依頼人である彼女から離れようとしない。
それこそ最初はハンマーやらコンペイトウを投げていたが、もう力も尽きた。
それに、あゆみさんもなんだか遼に惚れているようで、もう香が止める理由もなくなってきた。
例え、今が依頼を受け持っている仕事中だとしても、香はなんだか一人でハンマーを振り回しているのも惨めだと、情けなくなってやめてしまった。
「ね、冴羽さん」あゆみさんは楽しげにお手製の料理を作っている。
いつもなら香が作る夕飯に台所も、今はあゆみさんのテリトリーになっていた。
案の定、遼はあゆみさんに付きっ切り。最初はイライラして嫉妬心に燃えていたが、なんだか馬鹿らしく、こんな事で、しかも困って私たちを頼りにしてきた依頼人にこんな気持ちを抱く自分に吐き気がした。まして、こんなにも優しい人に。

聞こえる会話に香は苦しくなり、そっとリビングを出た。





その日香は依頼人を庇って頭を強く打ってしまった。だが垂れてきた血を手の甲で拭いながら、香は気丈に笑って「大丈夫よ。遼が来てくれるわ」とあゆみを勇気付けた。
あゆみはそんな香に涙を浮かべながら頷いた。
そして香が言ったとおり、その後すぐに遼が駆けつけ、あっという間に依頼は終息する。
香はそんな遼と依頼人の後ろ姿を見ながら倒れた。「香さん…!」
遼は香を抱き起こしすぐさまミニへ乗せた。あゆみは自分もついていくと言い出したが、すでに依頼は完了ずみ。
そしてまもなく彼女を保護してくれる警察のサイレンを聞き、
「いや、あゆみさんは此処までで良い。依頼は完了、あとはもうすぐ此処につくサツが自宅まで送ってくれる」
「でもっ香さんは私を庇って…」
「香はシティーハンターとしての仕事をやったまでさ、気にしなくて良い」
遼はそう言ってさっさとミニへ乗り込んだ。あゆみは首を振った。
こんな風にあっさりと遼と離れ、終わり、一依頼人としてもう会うことはないなんて…
それでも、あゆみにはわかった。
いつもあんなに香さんと喧嘩をしていたのに、今は香さんの頭を止血して、体温や脈を調べていく仕草や表情。あゆみはうな垂れ、ただ香の回復を願った。



遼は香をすぐさま教授の所へ連れて行った。すぐに治療と検査が行われ、記憶障害の可能性を示唆された。
「う、」重い瞼を開けた香。
香さん、と見舞いに来ていた冴子や美樹が心配そうに香を見守る。遼はちょうど、教授の所で検査の結果を言い渡されている。
その時、香は二人を見てこう言った。「…お兄ちゃんは?」
無邪気に言った言葉に二人は絶句した。香の記憶は告げられた通り、幼初期まで退行していた。いつもアニキ、とでしか香の口から聞いたことがなかったので冴子は動揺した。
だが香はずっと槇村を探して、その存在を求めて名を呼んでいた。退行した記憶は、どうやら香がまだほんの小さい時。アニキと呼ぶ以前の、まだ未完成な心。
そして性格。負けん気だけが香の特性ではない。彼女が持って生まれた寂しさが出ていた。
美樹はすぐに遼を呼んで、駆けつけた遼は香の様子を見て目を見開いた。
ベッドの上で体を縮こませ、香は無心に泣いていた。むせび泣いて、「おにいちゃん」とその瞳に涙をこぼしていた。冴子はそんな香の背中を擦りながら遼を見た。

一旦アパートに帰ってからも、香はもういない兄を探す。取りあえず遼は「お兄ちゃんの友達」と教えた。
そしてアパートの部屋中の鏡を取り去って、「小さな香」という扱いにした。
肝心の槇村は用事で今はいないと言う事にする。今の小さな頃の香にショックを与えるのは酷だ。事実、香が小さい頃には確かに槇村は健全に生きていたのだから。
それでも小さな香は、大人の容姿を持ちながら、「まだお兄ちゃん帰ってこないの」と遼に何度も聞いていた。
そのたんびに遼は「ああ、槇ちゃん遠くまで行っててな。多分香にお土産でも選んでるのさ」と言ってその場を収める。
だが夜になれば、遼の元へ来て一緒に寝るが、やっぱり槇村を呼ぶ。ぐすぐす泣き始める香を遼は仕方がないと自身の膝の上で横抱きをした。そしておとぎ話や作り話もまぜて話せば、香は喜んで少し赤い瞳を輝かせる。
時々、頬に張り付いた髪をどかせてやったり布団をかけなおしたり、遼は本当に小さな子供にするようにやっているが、―それが子供だからだろうか。
少なからず、語りかける仕草や言葉はまるで女を口説くように優しく、暖かい。
香はしだいに安心する。遼の胸に頭を置いて、遼の話を聞いて瞼を閉じれば、
太い指で瞼をひと撫でされた。暖かい体温がそこからじわりと広がり眠りへ誘われる。
香はその遼の仕草に目じりから涙をひとつ零した。寂しいからではない。嫌いだからではない。
なんで 涙が出るのだろうか
一身に受けた遼の優しさは胸を締め付けられるようなものだった。
嬉しい。けれどせつない。ね、遼―





後日香はけろりと記憶を取り戻す。そして案の定とばかりに退行していた記憶はなかった。心配していた冴子と美樹は、よかったわねと口々に言った。
二人は心配だった。遼が香を連れて帰ると言い出した時、子供の香を遼が面倒見るなんて想像もつかなかったから。
だから誰も知らないだろう。無垢な香に見せた遼の眼差しを。

「結局あゆみさんの依頼は無事成功で終わったの?」

「あったんまえ」

「じゃあ、後は依頼料だけね♪」

「うへー現金な女だせ」



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