そこは暗く、どこまでもどこまでも静けさと沈黙が閉じ込められた箱のようだった。だけど、ふと遥かの先にぽっと光がともっている。私はただそこへと足を進めた。音も匂いも姿も、すべて吸い込まれたような0(ゼロ)の空間。そこには一枚の鏡が置かれていた。そしてそこに映るのは誰か。そこには小さな女の子が映っていた。長いくせっけの髪、お茶目そうな丸い目は私を見上げていた。くすりと思わず笑みがこぼれる。ただ、くすぐったいような変な気持ちが広がった。
「初めまして、ミキちゃん」私がそう言うと、鏡に映る少女も「初めまして、美樹さん」と私を見つめた。「ファルコンは、元気かしら」
頭のすみにはいつだっている存在。それがそっちの世界でも健全に生きていることはとても気になる。「もちろん」なんとも自信に満ちた答えにひどく満足して、私は私に告げた。「そう、よかった」私の記憶はいつだってファルコンから始まり、彼で終わっている。いや、これは現在進行形であるから、終わっているというのは違うかもしれない。兄や父のように慕ったし恋人として愛している。でも永遠はない。そんなもの確証もなくば、実現することは、ないのかもしれない。でも出来れば、どんな状況、世界にだって、彼の傍にいたい。例えそれが恋人としてではなくても。

目の前にいる「私」はファルコンと共に暮らす義理ではあるが、彼の娘である。たとえ時の狭間で揺られ、違う時間を生きたとしても、私はかならずファルコンと共にある。
あったかもしれない筋書き、違ったかもしれない筋書き、それらの「時」は無限大にしてその物語達は同時に進行して生きている。今、目の前にいる少女は、その中で生きているひとつの「私」である。「ミキちゃんは幸せ?」私はその答えを知っているのに鏡越しに尋ねる。「とっても」にこやかに答えてくれた「私」は「あなたは?」と尋ねてきた。ふふ、私は悪戯っぽく「愚問ね」と答え、鏡に触れた。まるで吸い込まれるようにタプンっと
揺れる鏡の中に映る小さな私の腕をとって抱きしめた。「あいしているの。だからあなたもあいしてね」「――もちろん」小さな手は私の背中をトントンと叩いた。





「美樹、どうした」ふと気付けばファルコンがじっと私を見ていた。いや、見ていたのはおかしいのかもれないけど、確かにみていたのだ。どうやら私はお皿を持ったまま瞑想していたみたいだ。「ええ、ごめんなさい。ちょっと、ね」気にしないで、と笑ってお皿を布巾できゅっと拭き、棚にしまった。カチャカチャ、陶器の音が響く。そこで私は思いついたように手を止めてファルコンへと振り返った。視線に気付いた彼は、またもや私を見た。

ね、ファルコン

「あいしてるわ」そう告げた途端、
ファルコンの頬がぽっと色づき、やがて顔から火を噴いた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -