0409 左右逆転の人 *かぎりなくダーク(17:20)

香は遼の肩に顔をいれて腕の力をこめた。遼の匂いがする。黒い髪。煙草の匂いと遼自身が放つ匂い。切なくて死にそうだ。背中に回していた手を服を掴んでいる。そして右手で隠し持っていたナイフを突き刺した。肉を貫く硬い感触。私を助けに来たはずの遼は私によって殺されるのだ。

「何故、抵抗しないの」私はいっそう抱きしめて指している手の力を緩めそのまま放した。遼は黙ったまま私の体を抱きしめている。痛いだろう。このナイフには毒が塗られている。私は体をゆっくりと離して遼の頬を両手で包んだ。そしてお互いが見つめ合うようにして覗き込んだ。遼の目は少しだけ虚ろだった。痛みを耐えているのだろう。
「遼、何故なの」私がそういってぐっと顔を近づけると遼は唇を少しあげた。その横で血が伝った。「知っていた」私は体に電流が流れるような感覚に陥った。ならば、何故なの。頬にあてた手に力を入れて睨んだ。
私は冴羽遼を殺すために長い長い歳月をかけて、自分を偽ってきた。出来損ないのパートナー。性格は明るく真っ直ぐで、男にはうぶで純情な女。だけど全部それは偽りだ。
りょう、そう零した時、遼がぐっと力を入れて私の唇を奪った。血がつく、まるでかぶりつく様なやり方は、発情した動物のようで息が出来なかった。
遼は私の手を持って体重をかけるようにキスを繰り返す「ん、はっ」時々漏れる声、私はどこにそんな力があるのかと思いながら遼を見つめた。もうすぐ遼は死ぬだろう。

「俺を殺してくれるのはお前だろう」
それを知っていたからだ、そう耳に寄せられた声が息と共に落ちた。そしてそのままぐらりと私の首筋に顔を入れたまま動かなくなった。
ふふ、馬鹿ね。





「私も待ってたのよ」
なのに、あなたは私を殺さなかった


0324 悪夢(16:20)

全ては必然であり、運命だ。遠くにいるピエロがそう叫んでいる。白い顔にペイントされたハートが頬の上でその唇を吊り上げる事に引きつった。暗闇の中に浮かび上がるようなその存在は奇妙で心地が良いものではなかった。

そのピエロは遼の前にぱっと現れると、けらけらと笑っている。薄汚れた衣装、時々日本語ではない言葉を発している。だが、遼はそんな道化の存在よりもその向こうに浮かび上がるものに釘付けだった。白く滑らかな肌。香は白い衣に包まれ、少し乱れたようにガラスのケースの中で縦に閉じ込められている。重力はないのか、まるでベッドの上で寝ているかのように瞳は閉じられ、茶色の髪が乱れている。それはまるで人形のようだが、それもある意味正解なのかもしれない。彼女はぴったりと唇を閉ざし、息もしていないのだから。
魂の宿らない蝋のような体は、まるで最高級のシルクのように今すぐかき抱いて、そのまま自身の体を埋もれさせたいと思うほどの、美しさだった。
だが、それを遮るようにピエロはトランプを巧みに操りながら、一枚のカードを遼に見えるように翳した。それは数字ではなく、タロットのようだ。絵が描かれてある。そこには鎌を持った死神−…ぼろぼろの黒衣に細く骨だけのような手が伸びて大きな鎌を持っている。顔は仮面をつけ、その異様な雰囲気からは人間とは思えない存在に見えた。

―これこそ運命!待ちわびた、死の時!
―生の脱却!魂の解放!
―美しき賛歌!おお!香は死んだ!

――全ては必然であり、運命だ!


遼はその光景を睨みつけた。香の死が必然?運命?

「生憎、俺はその運命に従うつもりはない」
遼はようやく腕を上げた。銃の引き金をその台詞と共に引いた。ピエロの米神を弾がつらぬく。その時、ピエロの顔はぼこぼこと変貌させ、スローモーションのように世界はゆっくりとなった。そして、一瞬にして顔を変えた。それは遼自身がよく知る人物だった。はっと息を詰まらせ、目を見開いた遼にピエロはこう囁いた。



「…だが、香を引きずり込んだのはお前自身だ」





0310 かえりうち*微エロ?(13:16)

香は恋愛経験もろくに重ねてないだろう。自分が女だという自覚も、あるにはあるが伴った経験は少ない。すぐに顔を赤くするし、変な勘違いをすぐに起こしてハンマーを片手に怒鳴り散らす。でもそれが香らしく、香だからこそよかった。
遼はふらふらして、香が時々母親のように叱って、妹のように優しく妬いてくる。


「遼、どこに行っていたの」夜中に帰ってきた時、香は睨むように遼に言った。腰に手を当てて、仁王立ちしている。飲みすぎた俺はそんな香の様子を視界に納めて、へらへらと手を上げて「むふふ、遼ちゃんデートしてたの」なんて答えれば、香は「―そう」と真っ赤になった遼の服をぐいっと引っ張った。多少酔っていた俺は力も入れてなかったのであっけなくひっぱられて玄関の床に仰向けに倒された。香はフンとまるでオリンピックの柔道選手にように遼の体を跨った。俺の腹から股にかけて香の尻がのる。急速に酔いがさめていく。香はそんな俺の様子にはお構いなく両手を俺の首に持っていった。首でも絞めるのかと思えば、香は遼の肩に手を置いて顔を近づけた。「…っ」かおり、声に出ない声が漏れた。だが香の顔は遼の右頬を掠め、耳元に落ちた。
「なに、遼」そう囁かれた瞬間、ぞくりと体が震えた。声のトーンはまるで、発情期を控えた雌猫のようだった。思考が鈍って、体が硬直した遼を体をもう一度起こした香は女王様のように見下ろしそして首元にまた顔を寄せた。汗がどっと出て、香の行動を必死に追っている本能に呆れるも、やめてしまう事は出来ない。そこで、香は遼の浮き上がった喉仏を舐めた。皮膚一枚向こうにある香の舌はぺろりと飴を舐めるようにして、ちゅっと唇をおとした。
お前、どこでそんな事を習ったんだ。嘘だろ。本当に、香なのか。けたましいサイレンが鳴っている。今すぐに起き上がって、跨っている香を引き剥がさねば、外れてしまう。ずっとしまっていたものが、はずれてしまう。鼻を掠める匂いは香だった。同じシャンプーと香が持つ匂い。ちゅ、ちゅ、と首元がくすぐったく熱い。そのまま声帯を持っていかれそうだ。
「かおり」ようやく出た声に香は反応した。そして俺の首を両手で持ち上げるように頭ごとかきだいた。香の体重が重なり、まるでセックスのようだと思ったが、ぎゅっと抱き込まれた香の体温はまるで母親のようだった。そしてようやく気付いた。香は泣いていた。
それは号泣ではなく、さめざめと泣くような、香らしくない涙だった。そしてさっきまでの雌猫はどこに行ったのか、香はひくりと掠れた言葉を紡いだ。
「嘘つき」核心を得たような言葉。ああ―と思った。ミックだな。あいつが香に言ったのか。ホテルでわざわざシャワーを借りて、酒を飲んで名残を消したのに。これではまるで喜劇だ。遼は天井を仰ぐように視界の端に入る香の髪を撫でた。そして体をようやく起こし、そのままくっついて離れない香をそのままに「部屋に行くぞ」と言った。だが香は首を振ってそのまま遼に首をぶら下がったまま。まるで子どもだ。遼は苦笑いをした。さっきまでの勢いはどこにいった。遼は子どもあやすように香の背を撫でた。





0211 最高の復讐を(23:43)

遼はある日とってもきれいな女性を連れて私の荷物をまとめて出て行けと言った。
意味がわからなくて、混乱して驚いて立ち尽くした。遼は冗談ではなかった。昔、アメリカで知り合ったという女性を私に見せ付けて、「もうごっこ遊びは終わりだ」と告げた。
あの眼差しはすべてを告げていた。ひと時の冗談でもなかった。何も出来ずにいる私はまるで捨てられた子供のようだった。遼の言葉はまるでナイフのように冷たく私の心臓を刺した。そして意図も簡単にパートナーという役割は幕を閉じたのだった。








「久しぶりね」
私は微笑んで尋ねると遼は少し困ったように相槌を打った。そしてようやくとばかりに遼は唇を重く開こうと「あの時は「ね、遼。あなたを恨んだことなんて一度もないし、その必要もない。むしろ感謝しかないの」私がそう言って遼の台詞を遮ると、彼はとても驚くように目を丸くした。そんな様子も懐かしむかのように私は最高の復讐に出た。
「兄貴を失って私は目の前にいた遼に縋った。守られて、温かく、まるで雛のようにとても居心地の良い所だった。でも、やっぱりいつかは離れないといけない。私自身のためにも、遼のためにも」
良い時期だったの。清々しく言って伸びをした。
「今ね、保育師の資格を取ろうと思って勉強しているの。仕事もやっと慣れて順調なの」
遼はどうなの、そう問うと、遼は曖昧に返事をしてとってつけたように「まあまあさ」と言った。でも彼は目の下に隈が出来てるし、前よりの頬の肉を削げ落ちている。正直、良い顔とは言えない。私は気付かない振りをして、「よかった」とにこりと笑みを作った。
「でね。遼―私、実は付き合ってる人がいるの。でね、結婚も考えているの」
そう言って身につけている指を撫でて、慈しむように何度も何度も指でリングをなぞった。風が頬を横切って髪を揺らす。近くに咲く花に匂いが広がるように胸いっぱいに込み上げた。そして最高の言葉をプレゼントした。
「遼。私、あの時は素直に何も言えなかったけど、私―――あなたを愛してたの」
そっと笑みを作って、遠く終わった過去を思い出すかのように私は深呼吸して、動揺する遼の瞳を覗いた。「私の片思いだったのよ」悪戯っぽく言って、恥ずかしげに唇を上げて、「でも、もう過去のこと。私には、ね」ふふとリングを見せつけるように輝かせた。そして、腕時計を見て私は慌てたように立ち上がって、まるで映画のヒロインのようにこういうの「あ、もう時間だわ。行かないと」鞄を持って財布からお札を一枚とって伝票の上に乗っけた。
「今度またゆっくり話しましょう。ほら、キャッツで。みんなの顔も見たいし」

「仕事がんばってね」

「じゃあ、そしたらね遼。さようなら」




最高の復讐を



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