冷たい君を抱きしめて

白いカプセルの中で眠る彼女を眺めるのが、俺の日課だった。突然の交通事故によりずっと意識が戻らない彼女は、今日も眠り続ける。
貴方は大人ね、と言って羨ましがった彼女。早く大人になりたいといつも背伸びをしていた彼女。転入してきたばかりの俺によくしてくれて、たまに見せる笑顔が可愛くて。
昔のことはもう、鮮明に思い出せなくなっている。
それだけ多くの時間が流れてしまったのだ。彼女のいない世界で、それだけの無駄な時間が。

「早く、目を覚まして」

広い空間に響いた声は反響して虚しく消えていく。それが余計に孤独を助長して、堪らなくなった。
何を犠牲にしても、必ず君を助けるよ。
狂っていると脅えるかもしれない。俺を嫌いになるかもしれない。優しい君のことだから、どうしてこんな事をと嘆くかもしれない。
――それでも。

「……撫子」

彼女の頬を撫でるように、硝子をなぞる。
俺は君のいない世界なんて耐えられない。誰に何を言われようと、君に憎まれようと、俺は。
いつか、白い肌に影を落とす睫毛が震え、その目が開かれることを夢見て、世界を壊す。何度でも、何度でも。

「もう少しだから」

計画は決まった。その技術もある。後は、実行に移すだけ。
それが成功すれば、彼女はまた俺の名を呼んでくれる。きらきら眩しかった、あの日々のように。

『鷹斗、一緒に帰らない?』

柔らかな、落ち着いた声。きっと隣には彼女の幼馴染み、理一郎がいて。帰り道、三人で出掛けましょうと、彼女は明日の予定を立てるのだ。
煩わしそうな態度を見せる理一郎が、実は全然そんなことを思っていないのは知っている。そんな理一郎を二人で素直じゃないなと笑う、当たり前を疑わなかった日常。
何もかもが狂ってしまった今、あの日々を取り戻すのは到底無理な話なのだろうけど。
せめて、彼女だけでも。他の何を捨てたっていい、彼女だけが側にいてくれたら。――彼女だけでも、幸せになってくれたら。

「……少しの間、お別れだね」

返事は勿論ない。もう慣れた、慣れてしまったことだ。
冷たいカプセルに閉じ込められた君が寒くないように、カプセルに身を寄せて自分の体温を移してやる。気休め程度にしかならないことでも、次に目を覚ました君が、ほんの僅かでも俺の温もりを感じてくれたら。そんな願いも込めて。

「キング、暫しのお別れの準備はすみましたぁ?」
「ああ、いいよ。レイン」

悪いね、そう言って腰を上げた。
心臓が早鐘を打っているのがわかる。緊張か、不安か、期待か。おそらくそのどれもが当てはまる。
彼女から離れてなかなか長い付き合いになる友人のもとへ歩いていくと、増々それが激しくなった。

「成功、したらいいですね」
「違うよ、レイン。成功させるんだ」
「……ですね」

そう、成功させる。必ず。
失敗は許されない。
もう、冷たい君を抱きしめるのは嫌なんだ。
暖かな眼差しで俺を見て、暖かな吐息と共に俺の名前を呼んで、暖かな身体で、君の意志で、俺を抱きしめてほしい。

そして、出来る事なら。

ありがとうって、笑って。
世界を壊してしまう罪深い俺と一緒に、生きてほしい。

――そんなことを、願ってしまうのだ。
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