朽ち果てた誓い

「金田一君、大丈夫!?」

金田一君が犯人に殺されかけた。その知らせを聞いたとき、私は思わず駆け出していた。今までの事件の被害者たちから考えてこの事件は私たち幻想魔術団の問題であることは明白。その上、ついさっきの遙一の暴挙からしてこれは五年前の事件が関係しているようでならない。いくら馬鹿でもそのくらいはわかる。
だからこそ、関係のない金田一君が巻き込まれたと聞いたときは肝が冷えたのだ。
私は躊躇わず、ばんっと勢いよく扉を開ける。だけどその先には。

「この存在感のあるムネ!生きてるって実感するぜー」

美雪ちゃんに思いっきりセクハラしている光景。そして、金田一君は美雪ちゃんに引っ叩かれていた。

「だ、大丈夫みたい、ね」
「やれやれ、さっそく痴話喧嘩ですか。さっきまで死にかけていたというのに、君の生命力と運の良さはゴキブリ並みですね」

仲良く喧嘩する二人にほっと安堵したのもつかの間、後ろから入ってきた彼に私は扉の前から身をひいた。確か、警視庁の明智さんだったっけ。
しばらくすると、明智さんと金田一君でこの事件の話をしだして私は完全に蚊帳の外。
まあ、金田一君の無事を確認できたし邪魔者は退散するか。と二人の邪魔にならないように静かに扉を開けようとドアノブに手をかけると私を呼ぶ声がひとつ。

「そういえば、貴女とゆっくりお話しするのは初めてでしたね。ナマエさん」
「え、私、あなたとどこかでお会いしましたっけ」
「ひゅー!、明智さんともあろうお方がナンパですかぁー?」
「違いますよ、金田一君」

殺されかけたというのに元気いっぱいな金田一君の野次を制して私に向き直る。
そういわれて、じっくり考え込んでみるも何も思い浮かばない。こんな美形、一度会ったら忘れられそうにないと思うんだけどなあ。

「本当に忘れてるみたいですね。でもまあ、あれは会ったという内に入らないでしょうし仕方ないでしょう」
「はあ…」
「私、昔に近宮先生と何度かお会いしてるんですよ」
「え」

近宮先生と?そう言われて、私はあっと声を上げた。

「もしかして、空港のときの!」
「思い出したようですね」
「って言っても、あの時飛行機の手続きとか何やらで遠目に見ただけですけど…」
「ショーで何度も拝見しましたし、何より近宮先生から貴女のことは伺ってましたから」
「はあ、そうなんですか」

そういえば先生、日本人の刑事さんと仲良くなったとかどうとか言ってたな。なるほど、この人が。それにしても、私を呼び止めたということは話があるということだろうけど、昔話でもするつもりだろうか。
私は明智さんの真意が掴めず、探るような目で彼を見つめる。そんな私の様子に気づいたのか彼は肩を竦め、そして口を開いた。

「トリックノートをご存じですか?」
「!?」
「その様子だと知っているようですね」
「ええ、まあ…私は近宮先生の弟子でしたし。それよりも明智さんが何故、そのノートのことを?」
「私も生前、彼女から直接聞いたんです」

トリックノートのことを聞いたってこの人はどんなに先生から信頼されていたのだろう。
先生のトリックノートについては団員のほとんどは知らないこと。先生自身が言わないで、と言ってたからその存在を知るということはよほどのことだ。
長年、側にいた私よりも彼のほうが……。そこまで考えて頭を振った。また、そういう思考に行き着くから私は昔のまま何も進めないんだ。そう、自分に言い聞かせる。

「でも、どうして急にそんな話……」
「いえ、ね。あの近宮玲子の死後、彼女のトリックノートが忽然と消えていたんですよ。まるでマジックみたいに」
「っ……!」
「何か心辺りでもありませんか」

彼の目が一層、鋭く光り私を射抜く。なんだろう、まるで尋問でもされてる気分だ。
それにこの人、こんな話をするなんてもしかしてトリックノートについて何か知っている?
けれど、あれは大切なものなんだ。いくら相手が刑事であってもノートの行方をおいそれと話すわけにはいかない。近宮先生から固く口止めもされてるし。
大丈夫、大丈夫よ。私は今できる精一杯の笑顔で答えた。

「そうですね、トリックノートについては先生も詳しくは教えてくださりませんでしたし、私は弟子と言ってもマジシャンじゃありませんから。心辺りと言われても私には皆目見当もつきませんよ」
「…………そうですか。いえ、聞きたかったことはそれだけです。お時間を取らせてすみません」
「いえいえ、こちらこそお役に立てず……」
「そんなことないですよ。それより先ほどから気になっていたんですけど、その首に巻かれた包帯。どうなされたんです?」
「え」
「昨日はそんなものなかったと思いますが」

明智さんの一言で金田一君や美雪ちゃんの視線も首に集まる。
やっぱり突っ込まれるよね。この首の包帯。私はこの状況に苦笑いを浮かべるしかなかった。
あの後、どんなことをしても消えなかった遙一の手の痕。あれだけ強い力で締め上げられたんだからちょっとやそっとで消えてくれるなんて思ってはいなかったけど、さすがにこの痕を見られるわけにはいかなかったから無難に包帯で隠したのだ。でもこれでは悪目立ちがすぎるらしい。
私は曖昧に笑って明智さんに話す。

「えっと、これはそのちょっとマジックの練習中にお恥ずかしながら失敗をしてしまいまして。これはそのせいなんです」

ほう、と明智さんは眼鏡の奥で目を細める。まさか、この首の痕のことも全て見透かされてる?明智さんの鋭い眼光に私は落ち着かなくなる。
大丈夫、部屋を出る前に何度も鏡を確認して見えないように巻いたし、バレるなんてことはないはずだ。
それに私は遙一のことをこの人たちに話すべきか否か、まだその決断を下せてない。だって怖いのだ。この先の未来があやふやになっていくこの奇妙な不安感が。まるで近宮先生が亡くなる前の静けさみたいな。
私は明智さんの探るような視線に負けじと笑顔を張り付けた。

「……そうだったんですか。ちゃんと手当てはしましたか?痕になっては大変だ」
「そ、そこのところは大丈夫です。遙一……じゃなくて高遠さんにも手伝ってもらいましたし」
「なら安心ですね。でもマジックの練習なんてさすが幻想魔術団のアシスタントだ。やっぱり貴女も彼女のようなマジシャンに?」
「いえ、私はマジシャンより今のこっちの自分のほうがあってるので。すみません、私そろそろ行かないと」
「おや、それは残念」

明智さんから放たれる威圧感がふっと消えて、私は小さく息を吐く。蛇に睨まれた蛙の気分を味わったようだ。
早くここから出よう。そう思い、彼らに軽く会釈して踵を返す。

「そういえば近宮先生が生前こう仰っていました。とても可愛らしい天才で努力家な弟子がいる、と」
「…………」
「ぜひ、見てみたいものですね。貴女の奇想天外なマジックショーを」

私は彼の最後の言葉に何も返さなかった。
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