写真で切り取られた世界 そして不安は降り積もる中、ショーは華々しく幕を開けた。 夕海さんのウォーターマジックや桜庭さんのサイコマジックそれぞれにアシスタントとして精一杯、仕事をした。今までは何も変わらない。観客が楽しそうに表情をくるくると変えて、それは私たちマジシャンが変えていくもの。大丈夫。順調だ。 そして次はこの幻想魔術団の名物の生きたマリオネット。こればっかりに関しては私の出る幕はない。 すべて由良間さんたちにしかわからない仕掛けだから、私じゃ役不足なのだ。 だけど、このとき私が感じていた嫌な予感は見事的中することになる。 「え、なに。停電?」 突然、ガシャンとすべての照明が落ち、辺り一面闇に閉ざされた。 とりあえず、照明をもとに戻さなきゃ。そう考え、照明ブースに急いで向かおうと足を向けたが、そこに行くには長くて急な階段を駆け上がる必要があった。しかもその階段は下か丸見えでその高さが嫌という程分かる構造をしている。軽度だが高所恐怖症な私にとってその階段を登ることは到底無理な話で、私の足は当然のごとく動かなくなった。自分で登れないなら誰かに頼るまで。未だ闇に目が慣れない状況で誰かいないかと声を出そうとした時、真っ暗だった舞台はカッと光に照らされる。 もとに戻った。そう安堵した瞬間、私は背筋が凍り付いた。 途端に響き渡る悲鳴。 「薔薇の、花」 人形が座っているはずだったそこには由良間さんの無残な姿が薔薇の花弁と共に現れていた。 「だ、大丈夫ですか?ナマエさんっ」 「あ……」 本日二回目の死体に足の力が抜け、その場にへたり込む。それを寸前に受け止めてくれたのは遙一だった。 優しく抱きしめるようにして支えてくれる彼にあ、ありがとうと告げ、足に力を入れようとするも、なかなか力が入らない。私の足は変わらず投げ出されたまま。どうして、なんで。何度も繰り返すけど結果は同じ。 「ナマエさんはここにいて」 「でも…」 「大丈夫、警察の方には僕が言っておくよ。団長に由良間さん、立て続けにこんなことが起こって無理もないし」 「そ、だね。ごめん、遙一。お願いします」 ゆっくりと私は床に座り、彼に謝る。すると遙一は困ったように眉を下げて笑った。 「(あれ……)」 しかし、私を残して舞台の方へと戻っていく彼の背中にふと疑問が浮かぶ。それはほんの些細なことで、もしかしたら私の気のせいかも知れないけれど単純におかしいと思った事だった。 「(どうして遙一は舞台の方から現れたんだろう)」 彼はマネージャーであるからアシスタントの私と違い舞台に上がる必要はない。だからショーでは私は私に与えられた仕事を、彼は彼に与えられた仕事をそれぞれこなしていた。はける場所によって私は上手と下手を行き来していたが、遥一は今回下手側で私たちのショーを見守っていたはず。なのにどうして。どうして彼は下手からではなく上手から駆けつけてきたの? もっと言えば舞台の方から姿を表したかのように感じる。 1日で立て続けに二人の死体を見たから混乱しているのだろうか。別に彼がどっちから来たと行っても大したことではないだろうに、何故か私の心にしこりを残す。 だけど私は気のせいだ、と心の隅にある不安に見ないふりをして、遙一の背中から視線を外した。 舞台の上で由良間さんを囲んで捜査をする刑事たちやその輪の中にいる仕事仲間の姿がどこかブラウン管の外から見てる光景のように思えてならない。そう、それこそマジックショーでも見てるみたいな夢のような感覚。でもこれは五年前から見てる世界でもあった。 * 「……っ…さんっ…ナマエさん!」 「は、はい?」 「顔色があまりよくないみたいですけど、大丈夫ですか?」 美雪ちゃんが両腕にいっぱいお菓子を溢れさせながら私を呼ぶ声に、一気に現実に引き戻された。あれから私はどのくらいここに座り込んでいたのだろう。 まだ刑事さんたちがうろうろしてる様子から見るとそんなに時間は立ってないようにも思うけど。 今の状況を理解しようと頭をフル回転させていると、私を心配そうにのぞき込む美雪ちゃんが年相応の笑顔を向けて私に言った。 「もしよろしければお菓子食べません?」 あ、高遠さんたちもご一緒にどうですか。そういって美雪ちゃんは近くの机にお菓子広げ始める。どうやらそのお菓子の山は金田一君のお腹の音が原因らしい。でも、そういわれると私もお昼を食べ損ねたからお腹すいたかも。 美雪ちゃんの一声で遙一やさとみちゃんも取り掛かってる作業を一時中断してこちらに集まった。 「まだ顔色悪いけど平気かい?」 「うん、さっきよりは全然マシ。ごめんね、迷惑かけちゃって」 「迷惑だなんて一度も思ったことないよ」 そして当たり前のように私の隣を陣取った遙一は私の頭をポンポンと優しく撫でて、山積みされたお菓子に手を伸ばす。 ほんと、こういうのってずるいと思う。普段は頼りないってイメージが強いのに、実際はこの幻想魔術団を陰ながら支えているのもあってか人一倍、頼もしい。気が利くし、周りをよく見てる。視野が広いというべきだろうか。着眼点が鋭いのだ、彼は。 ぽーっと彼を見上げていると、さとみちゃんがジト目をしてこちらを見つめてくる。その視線に気づいたときには、ほおばっていたお菓子を飲み込んでニヤリと笑っていた。 「ほんっと、見せつけてくれちゃって。いいなあ、私も彼氏ほしいー」 「なっ!さささとみちゃん!別に僕は見せつけてるとかそんなっ…」 「そんなこと言っちゃってぇ、らっぶらぶでしたよー!あーお熱いお熱い」 「はじめちゃん!」 「金田一君まで……」 「ふふ、遙一ったら慌てすぎ。隠してるってわけじゃないんだから、もっと堂々としてたらいいのにね」 「ナマエさんもっ」 さとみちゃんの言葉に慌て動揺する遙一に私は思わずプッと吹き出す。金田一君の野次も相成ってか彼の顔は真っ赤に染まっていた。 そんな彼に可愛いと感じてしまい、私もまたにやける。それで結局、私たちの間の雰囲気にまた金田一君から突っ込まれるのだった。お互い、高校生にからかわれるなんて、ね。お返しに、金田一君と美雪ちゃんの仲を突っ込んでみたら、これはもう予想外の面白さ。二人とも真っ赤になってお互いを否定しあうけど、そのやり取りはもはや痴話喧嘩を見ているようで。可愛いなあ、そう二人を見て微笑んだ。 「あ、そーだ。高遠さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいっすか?」 「ハイ!なんでしょう?」 「これはホテルに着いた時、長崎さんが言ってたんですけど……昔、皆さんがこのホテルに来たとき何かよくないことでも起きたりしたんですか?」 「え」 かちり、金田一君の質問に私たち三人は時が止まったかのように動きを止めた。和やかだった雰囲気は一変して暗くそして重いものとなる。それぞれ口をギュッと閉じ、顔をうつむかせてこれはどうしたものかと目を泳がせた。 確かに金田一君の感じる疑問は最もだと思う。けれど、これは私たち幻想魔術団にとって重大な問題。話せない、もあるけれど話したくない。これが私の本心だ。 けれど、遙一や私が言葉を濁すなか、さとみちゃんは意を決して口を開いた。 五年前の事件のことを……。 「五年前、近宮先生が亡くなったのよ。この劇場で……」 「近宮ってあの幻想魔術団の団長だったあのオバサン!?」 「さ、さとみちゃんっまずいよ!このことはナマエさんにも……っ」 ちらり、と私を申し訳なさそうに見つめて遙一はさとみちゃんに詰め寄る。その含みのある言い方に金田一君たちはどういうことだと私に視線を向けた。 遙一が私のことを気にして言ってくれたのはわかるけど、そんな腫物を扱うようにされるのは嫌だなあ。うーん、これは仕方ない。私はおろおろする遙一に大丈夫と告げ、金田一君たちに向き直る。 「そこから先は私が話をするよ。さとみちゃんも遙一も入団する前の話だしね」 「え、ということはミョウジさんは……」 「ええ、今じゃ私は幻想魔術団のアシスタントとして仕事をさせてもらってるけど、昔は近宮先生にくっついてお手伝いやらスケジュール管理やらマネージャーみたいなことしてたの。弟子のひとりとしてね」 「あの、その五年前の事件について詳しく教えてください」 「そうね、あれは……」 そして、私は五年前のあの日のことを一つ一つ順を追って話した。と言っても、その日は近宮先生から渡された小包をある家まで届けてほしいと頼まれていたのでしばらくこのホテルを後にしていて、その一部始終を見ていたというわけではないけれど。 ただひとつ、鮮明に記憶に残っているのは近宮先生が舞台の上でこと切れている姿。白い薔薇が近宮先生の血で真っ赤に染まっていたあの光景。 警察はリハーサル中の事故だと言っていたけど、私はどこか煮え切らない心境だった。 「ナマエさん……」 震える私の手に遙一は自分の手を重ねて安心させるように握ってくれる。けれど、そんな遙一の細い手も震えていたように感じたのは気のせいだろうか。 |
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