押し付けられた優しさ

「ショーは予定通りにするって中止になったんじゃないんですか!?」

私は飄々と笑う由良間さんにつっかかった。
それもそのはず、あの列車内で消えた山神団長の遺体がホテルの一室で気味の悪い吊るされかたをして見つかったのだ。
私は団長がいないのにショーをすることよりも、何かまだ起こりそうな嫌な予感に不安を募らせる。
けれど、結局言われたことはアシスタント風情は黙って従ってろ。そんな言葉だけだった。

「なによ!あいつらなんかただあの人の栄光に甘んじてるだけじゃない。なんであんな奴らがのうのうと生きてるのわけ!?」
「……あの、ナマエさん」
「っ遙一!?」

なんでこんなところに。由良間たちに対する怒りと突然背後から声をかけられたことによる驚きですごい形相になってたのだろう。振り向くと彼はびくりと肩を震わせた。

「ご、ごめん」
「いや、僕も驚かせちゃったから。それより大丈夫かい?だいぶ由良間さんにつっかかってたけど」
「私、あの人たちが嫌いなの」
「またストレートに……」
「遙一は知らないと思うけど、あいつらはあの人の作った芸術を汚してる。それが私には許せないっ」

ギリッ…と唇を強く噛む。その時切れた箇所から血が流れたけれど、私はお構いなしに再度ギリリと力を込める。
私が見たかったのはこんな陳腐なマジックショーじゃない。もっと引き込まれるような輝かしい奇術だ。なのに、なんでこんな……っ。
やり場のない怒りに振り回されていると遙一の指が私の唇に触れた。流れ続ける血を止めるように私のそれをなぞる。

「そんなに強く噛んではだめだよ」
「だって、あいつらが……っ」
「だったら―――復讐、しますか?」
「え」
「簡単だよ。あの人たちに思い知らせてやればいいのさ。君のその怒りを」
「なにを、いって……」

復讐…。その言葉はどこか甘美な響きだった。
年々、降り積もっていくこの感情は消えてくれることはなく大きさを増して私の心の中に燻っている。それらが彼の一言がザワリと騒いだ。
もし、それをすればあの素晴らしい世界は戻ってくる?
私の目は彼の目に吸い込まれるように離れない。その目に見入っていると遙一はフッと微笑を浮かべた。

「マジシャンになってナマエさんがこの幻想魔術団を引っ張っていけばいいじゃないか」
「へ?」

私は思わず素っ頓狂な声をあげた。
どういうことだ、と彼を見上げると先ほどの雰囲気とは打って変わり、いつもの柔和な笑みを私に向けている。すると、彼は自分のことを語るかのように嬉しそうに話し出した。

「うん、僕は君の技術が彼らより上回ってると思うしアシスタントのままじゃもったいないとずっと思ってたんだ。さとみちゃんだってこの前見せてくれたオリジナルのマジック、すごかったって言ってたよ」
「え……あ、あれはたまたまで。それにさとみちゃんに見せたのはあれ一回きりだし」
「その一回だけであそこまで人を惹きつけたナマエさんのマジックは完成されてるってことだよ」
「でも…私は……」

私はこの幻想魔術団に入団してからけっこう経つ。もちろんマジシャンとしての自分を考えなかったことはなかったし、そのためのマジックの修行を怠ったことはなかった。けれど、マジックをするために舞台に立つといつもチラつくのだ。あの人のキラキラとした輝きが。その度に、その姿と自分を比べてしまう。その繰り返しでいつまで経っても私は舞台に立つことが出来ないままあの人の面影を見てるだけって、最低だな、私。
感情に比例して徐々に顔はうつむいていく。と思えば、体を引かれ暖かな何かに包まれる感触。目の前には遙一の肩があった。ああ、抱きしめられているのか。そう気づいた時には背中に回る手の優しさに鼻の奥がツンっとして。
なんだか情けないなあ。と思う反面、心地いいという気持ちが増していく。

「僕はナマエさんのマジックを一番近くで見てた」
「そういえば遙一にしか見せてなかったもんね」
「僕はナマエさんのマジックが好きです。だから、君はもっと自信を持つべきだ。自分の持つ才能と魅力に」

ナマエさん、と彼は耳元で囁いた。
その声に私はゾクリと体の芯から犯される感覚に満たされる。ああ、やっぱり遙一には叶わない。
近づく距離に私は当然のように目を閉じる。だけど、こつんと当たる物体に閉じた目をゆっくりと開いた。

「眼鏡、邪魔だね」
「すみません」
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