一生消えない傷を与えた

そして、金田一君の推理ショーは華々しく開幕を迎えた。
名探偵の孫と言うだけのことはあって、彼の推理はとても適格で鮮やか。集められた私たちは自然と彼の推理に引き込まれていく。そんな中、推理は5年前の事件へと遡っていき、先生の死の真相について語られていった。
近宮先生は事故じゃなくて殺されたこと。トリックノート欲しさに左近寺たちが先生を殺したこと。私は金田一君の話に大きく目を見開く。
予想はしてた。いくつもの考えや状況からまさか、まさかとは思っていたがいざ他人の口からそれを聞かされると、頭が真っ白になって気づけば左近寺の胸ぐらをつかんでいた。

「ミョウジさん!!」
「……んで…っ……なんでそんなことのために先生をっ!!」
「ぐっ…なんだよ。あれは事故だよ事故!俺らが先生を突き落した?馬鹿も休み休み言えよ。勝手に先生が足を踏み外して勝手に落ちていった。ただそれだけだろぉ?」

ニヤリと笑う左近寺に私はこぶしを握り振り上げ、力を込める。こんな奴らのせいで、こんな奴らのせいで、こんな奴らのせいで!
そのまま怒りのままに振り下ろされるはずだったこぶしは金田一君によってさえぎられた。

「なんで止めるの、金田一君」
「ミョウジさん、憎いのは分かるけどやめた方がいい」
「どうして?こいつのせいで先生が……」
「っこの人に貴女が手をかけるほどの価値があるのかよ!」
「……ッああぁぁ!」

金田一君の言葉に私はその場で崩れ落ちた。わかってた。わかってたはずだった。だけどこうでもしないと、この行き場のない感情をどうしたらいいのか処理できなかったんだ。
私は嗚咽に交じりながら、返して、返してとひっきりなしに左近寺に言い放つ。次々に溢れ出る涙の止め方を知らなかった。

「ミョウジさん」
「彼女は幼いころに両親を失くし、親戚中をたらい回しにされた後、近宮玲子に拾われたそうです」
「だとすると、ミョウジさんにとって近宮玲子は……」
「母親と言っても過言ではないでしょうね。そして、彼女が15の時にその近宮玲子が突然この世を去った」

明智さんの一言でみんなの視線が私に突き刺さる。だけど泣き崩れる私にはそんな視線に気づきもしなかった。ただ漏れる嗚咽だけが喉から吐き出されるだけ。
すると、誰かがこう言った。

「そういえば、この一連の事件はその近宮玲子を殺したものへの復讐なんだろ?とすると、この事件の犯人って……」
「まさかっ」
「ナマエさんが……地獄の傀儡子……?」

え、と思考が止まる。次々とみんなの口から私が犯人だと言う声が上がるが、私はそれを否定する気力さえなかった。もうどうだっていい、そんな感情が胸の奥底にあったから。
口々に言う彼らに声を荒げたのは金田一君だった。

「違う!確かに彼女には一見立派な動機があるけど、ミョウジさんにはこの犯行が不可能なんだ!」
「え、不可能って……」
「それを今から証明するよ」

そう言って金田一君が取り出したのは翡翠だった。それは各部屋に置いてあるもので見たところ変なところは何もないけど。みんなはその翡翠にくぎ付けになる。
そして、彼は自分の推理を話し出した。夕海さんが殺されたトリックを。
それは由良間さんを殺した時と同じようにエレベーターの要領で死体を一瞬のうちに吊り上げて、自分は下へと逃げたという。
だけどここで問題が起きた。体重という問題が。
犯人はそれを行うための体重をクリアしていなかったのだ。そのため、やむなく翡翠を使い、その翡翠の重さをプラスにしてあの密室から脱出したということだけれど。

「じゃあ、やっぱり犯人はナマエちゃんじゃないか。確かナマエちゃんの体重って夕海さんより軽かったよな」
「ほら、ビデオの中でも45sって言ってるし、夕海さんは53sだから十分に犯行は可能じゃない?」
「それができないんだよ。なんたって彼女は高所恐怖症なんだからな!」

そしてまたもや、驚きでみんなの声が一つに重なった。私だってそうだ。確かに私は重度ではないが軽度の高所恐怖症だ。だけどそれを金田一君に言ったことはないし、もちろん団員や遙一にさえも言ってなかったのだ。そりゃ、みんな目を開いて唖然とするしかない。
みんなが驚きで声を出せないのをいいことに金田一君は捲し立てる。

「じゃあ、聞くけど幻想魔術団の団員はマネージャーの高遠さんも含めてみんな三階から上のいい部屋を取ってるのにミョウジさんだけ一人下の階の部屋を取ってる。それはなんでなんだ」
「それは……ナマエさんが私はアシスタントだからって……」
「そうそう、皆さんと同じなのは恐れ多いとかなんとか。でもそれだけで高所恐怖症っていうのはちょっと勇み足なんじゃねーの、探偵君」
「確かにそれだけじゃ判断しかねるけど、俺がそう思ったのはそれだけじゃないんだ。思い出してくれ。夕海さんの死体を発見したときのことを。あの時、みんな夕海さんかどうか確認するために窓の側まで言って確認しただろ?だけど、あの時ミョウジさんだけは夕海さんに近づくどころか、ドアの前で佇んでるだけだった。最初は死体を見て気分を悪くしたんだろうと思ったけど、気になって彼女の部屋を調べたら、彼女の部屋は妙に小奇麗にしてあったのに、窓の付近だけ埃が積もっていたんだ」

こんな短期間で部屋に埃が積もるってことは少なからずそこには近づいてないってことだろ?と彼は自分の考えを力説する。
というより、いつの間に私の部屋に。その事実に私は驚いていると、明智さんがなるほど、と笑みを浮かべた。

「貴女が自分に自信がなかった決定的な理由は近宮玲子ではなく、高所恐怖症という精神的な症状だったというわけですね。マジシャンは観客より高い壇上で演技し、ネタによっては高いところに上がらざるを得ない。これは相当の苦痛だったでしょう」

私は何も答えない。ただその場にうずくまったまま明智さんの言葉を聞き流す。
別にそれだけが原因なんかじゃない。ただ私には舞台に上がるだけの実力も資格もそしてあの輝きでさえも持ち合わせていない。それだけのことだから。
私が高所恐怖症になったのは幼いころ、親戚を転々としてた時。ある家で突然現れた私を嫌ったのか、その家の息子が私を二階の子供部屋から突き落したのだ。幸い地面は芝生で柔らかく骨折だけという結果に終わったが、それからはどことなく高いところには極力近づかなくなっていった。
大したほどのことでもなかったし、高所恐怖症はいずれ克服しようと思っていたから私を拾ってくれた近宮先生にしかこのことは言わなかったわけで。

「じゃ、じゃあ!いったい誰なんだよっ。あいつらを殺した犯人はさあ!」

話を聞いていた左近寺さんが声を荒げる。みんな犯人が私じゃないと納得し始めれば、真犯人について情報を求めた。金田一君が言うには犯人はまぎれもなくこの中にいるらしい。ヒントとなるのはあの翡翠。つまり夕海さんより体重が 軽い人物。
すると、誰かがさとみちゃんと呟いた。女性の夕海さんより軽い人物なんて女性しかいない。女の中で私が消え、消去法で彼女と言ったんだろうけどそれは違う。
だって彼女の体重は夕海さんより重い。現にビデオでもそう言ってるしね。

私はみんなの会話を耳に入れながら、伏せていた顔をそっと上げる。もう限界なのかもしれない。私は零れ出る涙を拭った。
この中で夕海さんより体重が軽い人物。そんなの私が一番よく知ってる。私が彼を見たときと金田一君が彼を指さしたのは同時だった。

「――高遠遙一! あんたが山神と由良間そして夕海の三人を殺した真犯人。地獄の傀儡子だ!!」
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