愛された夢

明智さんに指摘されてからどうにも包帯は目立つのではないかとずっと首回りを気にしてしてる自分自身。鏡を取り出して何回も確認するという変な行動ばかりとっていると、廊下の奥から女の悲鳴が上がった。
え、と逸る気持ちを抑え、悲鳴の上がった部屋へ行ってみるとそこには金田一君たちを筆頭に悲鳴を聞いて駆け付けた人々が集まっていた。

「ね、ねえ!さっきの悲鳴って……」
「あんたたち……。誰でもいい。一応確認しといてくれ。山神夕海の死体を」

剣持さんの指さす方には、外の木に吊るされた夕海さんの死体があった。
周りのみんなはその死体が夕海さんのものかしっかりと確認するため、全員窓の近くまでいき、確認をする。だけど、私はみんなのように確認することが出来ない。極力自分の部屋でも窓の近くには近寄らないようにしてる私はこんなときでも足がすくんでしまうのだ。

「あれ、ミョウジさんも行かなくていいんすか?」
「あ、金田一君」
「それとも気分が悪いとか」
「まあ、うん。そんなところ。確認はみんながしてくれてるし、私はここで待ってるよ」

そう言うと、金田一君はちらちらとこちらを見てきたけど、なんとか納得してくれたようだ。しばらくすると現場を探偵の目で見ていく。
けれどこれで、団長、由良間さん、そして夕海さん。三人もの人間が殺された。これはもう偶然なんかでは済まされない。いよいよ私の中で渦巻く疑念が確信へと変わっていく。

「本当なんでしょうか。さっきの刑事さんの話……犯人が左近寺さんだなんてっ」

あの後、剣持さんに集められて私たちは今までの事件の経過と現段階の重要な容疑者の話をされた。その話では警察は犯人を左近寺さんだと思ってるらしい。

「有り得る話だな」
「桜庭さんまでそんな!」
「だって俺……見ちまったんだよ!あの夜、近宮先生が亡くなる前、左近寺さんが天井裏で……!」
「え、それってどうい「俺がなんだって?」……左近寺さん」

桜庭さんの発言に私はハッとなって彼に追及しようと詰め寄ると後ろから今、聞きたくない声が一つ。後ろを振り返るとそこには厭らしい笑みを浮かべた左近寺さんがたばこをふかしていた。彼は何か話そうとしてた桜庭さんに軽く牽制をし、この状況で面白そうに笑う。私は思わず彼をキッと睨んだ。

「おいおいそんなに睨むなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ?ナマエちゃん」
「離れてください」
「そんなつれないこというなよ。あれだったら特別に教えてやろうか?あの夜、何があったのか」

耳元にかかる息が気持ち悪い。無遠慮に近づく距離に私は奥歯を噛みしめる。
正直、左近寺さんの言葉は願ってもないことだった。私が知っているのは先生が壇上でこと切れてる姿と血で真っ赤に染まった薔薇。近宮先生に何が起こったのかなんて、私には何もわからなかった。
それがどうだ。今は憶測でしかないがゆっくりと彼女の死についての疑問が解きほぐされていくではないか。そして、今ここで真相は明らかになる。左近寺さんの提案に私はそう確信した。
その提案に乗るのはあまり気が乗らないが、向こうから話してくれるなら好都合だ。私は口元を歪め、彼を見上げる。すると……。

「すみません、彼女にちょっかい出すのは止めてもらえませんか?」
「ちょっ」
「なんだよ、高遠。今日は珍しく威勢がいいじゃねえか。なんだ?大事な彼女を取られて嫉妬か?」

肩に手を回されるところで遙一がその手を掴み、私と左近寺さんの間に入ったのだ。
そんな彼はいつものようにおどおどとした態度ではなく、まるで別人みたいにまっすぐと左近寺さんを睨みつけている。それはまるでこの首の痕をつけられたときみたいに。

「ナマエさん、嫌がってるじゃないですか。幻想魔術団ももう僕たちだけになっちゃいましたし、仲良くしようといったのは左近寺さんですよ」
「あー、確かに俺そう言ったなあ。そうそう仲良く仲良く。頼むぜ、なあ桜庭」
「…………」

威圧感をかんじるその視線に呼ばれた桜庭さんは何も答えず、顔をうつむかせている。未だ下品な笑い声を響かせてその場を後にする左近寺さんに私は手を伸ばした。
まだ先生の件について何も聞いてない。先生が亡くなったあの日、天井裏でいったい何があったっていうんだ。思わず駆け出しそうになるのを止めたのは、遙一の手。

「なに、遙一」
「だめだよ」
「だめってどういうこと?さっき庇ってくれたことには礼を言うけど、今は行かせてほしい」
「君は知らなくていいことだ」
「……な、にそれ」

さとみちゃんや桜庭さんに聞こえないように囁かれたその一言は私を憤慨させるのには十分だった。辺りにパシンッと短く乾いた音が鳴る。
知らなくていい。その言葉はまるで私が知らないことを知っているみたいな。今までのことすべて見透かしていて黙っていたような口ぶりに、気づけば、私は遙一の頬をたたいていた。その拍子に眼鏡が床に弾き落とされ、さとみちゃんたちの息を飲む音が嫌に耳に届く。

「やっぱり、遙一……貴方……」
「僕はただナマエさんを心配して……」
「ねえ、遙一。私、どうしたらいいの?私はこう見えても鈍くはないし、これでも色んなものは見えてるつもり。だけどわからないのよ。私は貴方を信じていいの?」
「ナマエさん……」

いつから変わった。いつから歯車が噛みあわなくなった。私は遙一を見上げる。
その時、右側の頬だけが少し赤くなってるのを見て、いくらカッとなったからといってもいくらなんでも力任せに引っ叩きすぎたと自分のしたことに罪悪感が後から襲ってくる。
ごめん、とこぼれた謝罪はただ音となって消えるだけ。重苦しい空気が周りを圧迫し始めたときにその雰囲気を壊してくれるものが一人。金田一君だった。

「あー!みなさんこんなとこにいたんですね!」
「き、金田一君!?」
「どうされたんですか!?そんなに走って」

金田一君は私たちの雰囲気や遙一の頬の赤さに首を傾げていたけど、次には爆弾を落として笑った。

「この殺人事件の真相が分かったので、みなさんロビーに集まってください」

タイムリミットまであとどれくらいなんだろう。金田一君の自信満々なその眼に私の不安はより一層強いものとなった。
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