長門有希の帰還

ふと目が覚めたらそこは見知らぬ世界が広がってた。なんて小説や漫画であるような出来事が今現在、私の身辺で起こっている。
そう、昨日までは普通だった。いや普通とはかけ離れた日常だったけれども、SOS団として可笑しくも面白い毎日を送っていた。
団長であるハルヒを筆頭にキョンくん、古泉くん、みくる先輩、そして有希。うん、おかしな所はどこにもない。どこにも……。

「あの…大丈夫?」
「うぇ、ゆ!」

き…。と突然現れた彼女に私は素っ頓狂な声を上げる。伺うように私を見上げる彼女こと長門有希。眼鏡の奥の心配そうに揺れる瞳が何故か私の心をかき乱した。

「さっきからどこか元気がないように見えるけど、どこか具合悪い?」
「う、ううん。ちょっとぼーっとしてただけ。大丈夫だよ」
「ほんとのほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとのほんとだよ」
「そう、よかったぁ」

これ以上心配させないようにそう伝えると、彼女はとても安心したように笑った。頬が赤に染まり、まん丸な目が緩やかに細められるその表情に思わず手を伸ばしかける。そして、ふと考えるのだ。

ーー違う。こんな有希は知らない。

有希って眼鏡掛けてたっけ?
有希ってあんな顔して笑ったっけ?
有希ってあんな目でキョンくんを見てたっけ?
自分の知っている有希と目の前にいる有希とが重ならない。

「みんなが呼んでるよ。行こ、ミョウジさん」

有希って私のこと苗字で呼んでったけ?

「うん、そうだね。"長門さん"」

恋する乙女のような表情をする彼女を私は知らない。



「自動車に轢かれかけた!?」

朝倉さんから放課後に話があるからと文芸部に呼び出されて聞かされた話は思っていたよりも衝撃的なことだった。私と同じく呼び出されたキョンくんも目を見開いて彼女を見る。

「外傷も擦り傷だけで大したことはなかったんですけど……」
「だけど、どうしたんだよ」
「それが……」

言いづらそうに口をもごもごとさせる朝倉さん。擦り傷だけとは言えど、所々に包帯や湿布が貼られているその体に眉を寄せてしまう。
まだ痛むだろうか。先ほどからただ黙って座る彼女の額に触れてみる。案の定、そこにも大きなガーゼが貼られてあった。

「まだ痛む?なが、と…さん?」

私の問いにこくりと頷く彼女に私は息がひゅっと詰まるのを感じた。
前までの潤んだその瞳は影を潜め、無機質で真っ直ぐなその瞳が私を貫く。
知っている。私はその目を知っている。

「長門さん……人格障害を起こしてるらしいの」

決定的だったのは朝倉さんのその一言だった。キョンくんは驚きのあまり口をあんぐりと開けていたが、どうやら思い当たる節があったみたいで暫くすると納得し、彼女を受け入れたようだ。
だけど、私は納得どころかどくどくと鼓動が早まる心臓を抑えるので精一杯。次第に震えだした口を必死に隠しながら、私は彼女に問うてみる。

「ねぇ、眼鏡……取ってみてもいい?」
「いい」

素っ気ない返事。だけどその声はとても心地いい。私は許可を得たことで恐る恐る彼女の眼鏡へと手を伸ばし、傷つけないようにゆっくりとソレを外した。
私はその一部始終を目を閉じることもなくしっかりと目に焼き付ける。

「はじめまして、はおかしいね」
「おかしい」
「久しぶり、も何だか違う気がする」
「そう思う」

あれほど煩く鳴り響いてた鼓動が安らいでいくのを感じる。
眼鏡を取ったそこにあったのは、私が違和感を感じていたあの感情豊かな表情ではなかった。それこそ彼女と同じ名前の真っ白な雪の、そんな儚い存在。
やっと、私の中の彼女と目の前にいる彼女がぴったりと重なった。

「おかえり、有希」
「ただいま」

ナマエーー。と呼ぶ彼女の声。私は堪らず、その小さな体を抱きしめた。
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