レンズ越しの世界

(佐木くん成り代わり。死ネタで名前変換が少ないです。苦手な方はバックプリーズ)


「せーんぱい」
「お?なんだよ、佐木」
「もし、の話していいですか?」
「? ああ」

俺が佐木の話に耳を傾けると彼女は嬉しそうに笑った。満面の笑みでよかった、と口を開く。なんだなんだ、深刻な話か?俺はいつにもなく雰囲気が違う彼女を食い入るように見つめていた。

「あのですね、もし……もしですよ?もし私が殺されるなんてことがあったら先輩、このカメラを貰ってくれないですか?」
「は?」

俺は彼女の発言に顔を顰めた。あまりにも突拍子のない、もしの話だっため当然の反応だろう。
もし佐木が死んだら……。そんなことは今の今まで考えたこともなかったし、いつも俺の後ろをくっついて回るこいつが死ぬなんて想像、仮定の話でもしたくなかった。

「おい、佐木。それは何の冗談だよ。悪いけどあんま笑えねぇぜ、それ」
「いやだなぁ、先輩!だからもしの話だって言ったじゃないですか!そんな怖い顔しないでくださいよっ」
「もしの話でも、だよ。嘘でも死ぬなんて言うなよなぁ。お前が死ぬなんて嫌だし。そんなこと言ってると美雪が怒っぞー」

気分がいいとは言えない話題に忠告するように佐木にそう言うと、彼女は一瞬大きく眼を見開いた後にふっと泣きそうな顔をした。
その表情に俺は何も言えなくなる。これ、もしの話なんだよな。俺は少し不安になった。

「そうですよね!すみません、こんな嫌な話をして。でも、お願いなんです。私が死んだ時はこのカメラとテープは処分せずに持っていてほしい」
「あのなぁ、佐木。いい加減にしないと……」
「お願いします!先輩!了承してくれるだけでいいんでっ!」

美雪に言いつけるぞ、という言葉を遮ぎって、大きな声で頼み込む佐木。
その様子は切羽詰まったようで、あまりの剣幕に俺は思わず首を縦に振ってしまった。
ほっと、安堵する彼女を横目に俺はしまった、と頭を抱える。でもまあ、いつもうるさいくせに変なとこで謙虚なこいつがここまで頼み込むってことは珍しい。何があったのかは分からないけどそれで佐木が納得するなら、と俺は心を落ち着かせた。

「けど、佐木いきなりどうしたんだよ」
「いやその……色々ありまして」
「俺には言えないこと?」
「いやいや、ただ夢見が悪かっただけっすよ」

夢見、ねぇ。大方、自分が殺される悪夢でも見たってことなんだろうけど、でもお前に限ってそれはねぇよ。そう思い俺は佐木を見る。

「どんな悪夢だったとしても、お前が殺されるなんてことは起こらないから大丈夫だって!」
「なんでそう言い切れるんです?」
「お前が誰かに恨まれるなんて絶対ないからだよ。なんだかんだ言って回り見てるし気が利くし、好意を抱かれても悪意をもつ奴なんていねーだろ」
「わからないですよー。この世界にどれだけの人がいると思ってるんですか」
「じゃあ、俺ももしの話だ。万が一いや億が一お前が殺される場合があったとしてもお前は死なない」
「なんでですか?」

「俺が守ってやる。その悪意からさ」

言い終わってから今世紀最大恥ずかしい発言をしたことに気づき、俺は佐木の顔を見れずに俯いた。
勢いとはいえ、何いってんだおれ。赤くなる顔を必死に誤魔化すように頭をがしがしと掻く。
佐木はいったいどんな顔してんだろ。少し気になって彼女に目をやると、彼女も彼女で目をまん丸とさせていた。そして状況を理解し出すとだんだん呆れたような表情になって、ため息をつく。

「……先輩、そういうことは美雪先輩に言ってくださいよ。もうびっくりしたー」
「いや、そのこれは、な」
「守ってやるって言葉が先輩から出るなんて……っ。先輩、運動音痴なのにっ」
「なっ」
「ふふ、もうだめっ。あっはははは」
「佐木ぃ!お前なぁ!!」

辺りに彼女の笑い声が響く。途端に先ほどの羞恥がまた襲ってきたが、佐木の屈託ない笑顔に自然と安堵した。
ひとしきり笑い終わった後、佐木は俺を真っ直ぐ見つめる。

「先輩、ありがとうございます」
「お、おう」
「私、決めました。先輩のおかげでもう迷いも後悔もありません」
「? それは、まぁよかった」
「私ね、先輩達に出逢えてほんと今幸せなんですよ」

そう言ってまた笑顔を見せる彼女に俺もまた笑顔になる。幸せなんて大げさだな、とその時思ったけど彼女がそう言ってくれることが嬉しくて俺も、とぶっきらぼうに返した。柄じゃなかったけど、言っておくべきだとそう思ったんだ。

そして、彼女が時折見せていた悲しげな笑みと迷いの無くなった眼。この意味がわかったのはこの一週間後のこと。異人館ホテルでの出来事での悲劇の後だった。

「佐木が、死んだ」

ぽつり、呟いた言葉は誰の耳に届くことなく消えていく。
彼女が殺された。たまたま犯人の不利になる証拠をカメラで撮ったばっかりに犯人に殺された。俺と一緒にいたのに、まんまと犯人に眠らされてその間に殺された。

「はじめ、ちゃん」
「美雪…」

佐木の母親はわんわんと泣いていた。それを父親が悲痛そうな顔で優しく抱きしめる。彼女の弟もまだ事態を飲み込めてないのか死んだような顔をしていた。

「俺が守るってどの口が言ってんだよ」

守れなかったじゃないか。ぎりりと歯を噛みしめる。
いっそ、佐木の家族が俺を責めてくれたらよかったのに。悲しみや怒りをそのままぶつけてくれたら、このやり場のない感情をどうにかできただろうに。
だけど佐木の家族は俺を責めるどころか、逆に謝られたのだ。ごめんなさい、ごめんなさいね、と。そして、最後まであの子のそばに居てくれてありがとう、と感謝の言葉まで言われた。
その言葉に俺は目頭が熱くなる。

「あ、金田一君……これ」
「佐木のビデオカメラ?」
「あの子の机に手紙がおいてあってね。ナマエいつかこうなること、分かってたみたい。不思議ね、どうしてかしら」

佐木のお母さんが悲しそうな表情で笑う。そういえばつい一週間前にもし自分が死んだら、と話をした佐木を思い出す。もうあの頃には知っていたというのだろうか。自分が殺されるということを。

「それでね、ナマエがこれを金田一君に受け取ってほしいって」
「でもそれは佐木ので、俺が受け取るわけには……」
「金田一君、お願い。受け取ってあげて」

そう言って差し出されるビデオカメラとテープを俺が受け取らないわけにはいかなくて。彼女の遺留品を貰うことに引け目を感じたが、佐木の母親からしっかりと受け取った。

結局、受け取ってからといって俺の何かが変わるはずもなく、ただ日常に喪失した彼女の存在を噛み締めながら日々は過ぎていった。
なんの因果か佐木の弟があいつの代わりに俺の後をくっついて回るようになり、その光景に懐かしさを感じながら、佐木二号を見る毎日。
そしてあいつが死んでから時が流れ、その傷の整理もでき始めたころ。
タンスの上に置いてあった彼女のカメラをふいにつまづいて転んだ拍子に落としてしまった。

「いってぇ…ってヤバ、壊れてねーかな」

大切なカメラだ。壊してないかとドキドキしながら手に取ると途端にウィーンと機会音が響く。どうやら落とした拍子に電源が入ってしまったらしい。
壊れてなかったことにほっと安心して、入った電源を切ろうとした時、ビデオから彼女の声が上がった。

『せんぱーい!』

びくり、久々に聞いた彼女の声に体が震える。最近霞んでいく彼女の姿が今脳裏に浮かんだ。
俺は電源を切ろうとした手を止め、そのビデオに視線を落とす。

『ちょっ先輩なにやってんっすか』
『おい、佐木!ドジ踏んだところまで撮らなくていいだろー!』
『何言ってるんですか。先輩がドジしない方が珍しいのに。ねー美雪先輩!』
『ほんとね、ナマエちゃん!はじめちゃんもいつまで床で寝そべってるつもりー?』

あははは、と楽しそうに笑う俺たちの姿に俺は食い入るように見つめた。
そのビデオには日々のくだらない光景や時々の事件の光景。俺が推理している場面をあり、彼女がここにいたという証がそこにあった。

「それにしても、このテープ……」

やけに俺が映ってないか?
時間が過ぎるのも忘れて見ていた映像にはもちろん美雪や剣持のおっさん、明智さんなどたくさんの人が映ってはいたが、それはほんの少しのこと。圧倒的に俺に向けられてるのが多かった。
この場面もこの場面もそれにこれも。さっきから俺だけが映っている。

『ーー金田一先輩』

そして、それは残り時間があと少しと差し掛かった時のことだった。俺を呼ぶ声にはっと見ると、映像の中に今まで映ってなかった佐木の姿が。
にっこりと笑ってこちらを見ていた。

『なんか自分を撮るってことはあんまりしないから、少し気恥ずかしいですねー』
「さ、き…」
『ふふ、これを先輩が見てるってことはやっぱり私、死んじゃったのかな? 先輩、ちゃんと見てます?』

佐木だ。佐木だった。
もうこの世にいない、佐木がそこにいた。

『あのですね、ほんとはこういうのは残すつもりはなかったんですけど、でも最後に先輩にだけは知っていて欲しくて、こんな形になっちゃいました』
「何やってんだよ、」
『先輩、私ね。異人館ホテルで殺されるって知ってたんだ。この世に生を受けてから、自分が終わる日をずっと知ってた。私、死にたくなかったからさ。最初は絶対死ぬもんかってそのホテルには行かないようにしようとか、そのきっかけとなる金田一先輩とは仲良くしないようにしようとか色々考えてたんです』

あ、何で知ってたかっていうのは言えないのでごめんなさい。詮索はしないでくださいね。そう言う佐木にもはや俺は何も言えなかった。ただ、懐かしい佐木の存在を見つめる。

『でも、あの日先輩と出逢って無視するなんて出来なくて、先輩たちと過ごす日々がとても楽しくて幸せで、終わりがすぐそこまで来てるってわかってても離れられなかった』

それは予感というには、あまりにも知りすぎていて。生まれてからずっと自分がこの日に死ぬと分かっていた佐木の気持ちはどれほどのものだったのだろう。

『でも、先輩。私後悔してないんです。これでいいんだ、って思えたんですよ。死ぬことなんて怖くなくなるほど私は幸せだったんです』
『あの時、先輩が守ってやるって言ってくれた時はとってもびっくりしましたけど、それ以上に嬉しかった。だから、先輩。おこがましいかもしれないけど、先輩が思い詰める必要なんてないんですからね!』

俺のせいで私は死んだわけではない。佐木が自分で選んだ結果なのだと言い切った。
なんで、死んだ後まで俺たちの心配をしてんだよ。どこまでも佐木らしい姿に俺はふっと微笑する。

『まぁ、先輩が気にしてるってのも気持ち悪いし、そこのところは大丈夫だと思いますけど』
「ひっでーなぁ…」
『あ、もう時間がなくなりそう。じゃあ先輩、さいごに……』

最後。その言葉に俺は肩を震わす。彼女の生きていた証があと少しで終わってしまう。そのことにさっき消えた空虚感がまた襲って来た。
もう少し、彼女を見ていたい。話を聞いていたい。そんな願いも届くはずがなくて。無情にも時間は刻んでいく。
そして彼女は今までで一番の笑顔を向けて、言った。

『私、先輩のことが好きでした』
「え」
『死んでから言うなんて卑怯かもしれないけど、最後だから伝えたかったんです』

今の今まで佐木が自分に好意を抱いていたなんて気づかなかった自分。彼女の告白に俺は大きく動揺した。

『あ、答えなんて聞く前から分かってるんで言わなくていいですよ!伊達にビデオ回してるだけじゃないんで』
「佐木……俺は…」
『その代わり、美雪先輩を大切にしてくださいよ。あの時、私に言った守るって約束。私に出来なかったぶん、美雪先輩をしっかり守ってやってください』
「っ言われなくてもそうするよ」
『ふふ、それでは先輩』

(ーーさようなら)

ジー。佐木の言葉を合図に暗くなった画面。終わったのだ。彼女の残した最後の言葉が。
俺は巻き戻しのボタンを押し、最初から再生する。
そこにはきゃっきゃっと楽しそうに笑う俺たち。それはキラキラしてるように見えて、自然と俺の目から涙が溢れた。

「そっか。これがお前が見てた世界なんだな」

宝石のようにキラキラと眩しいそれに佐木がいた日々を思い出しながら、そのテープをまた巻き戻した。
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