まるで麻薬みたいね

こんなめちゃくちゃな都市で生きていくには自分もめちゃくちゃになるしかなかった。
いつもどこかで誰かの悲鳴が上がり、当たり前のように血が流れる。マフィア、ギャング、汚職警察や娼婦、そんな底辺の人間が集まって出来ているのがここだ。明日、自分が生きている保証なんてどこにもない。だからこそ私は生きるために必死だった。思ってもない言葉を並べ、男に擦り寄り生きる糧を分け与えてもらう。
まるで下賤な獣ね。鏡に映る自分の姿に何度も嗤った。こんなはずじゃなかった。こんな馬鹿な女になるつもりなんてなかった。
綺麗な服に身を包む幼い頃の私が顔を覆う。

「だからね。今の私を抱くなんてそれこそ馬鹿らしいと思わない?」

私は目の前の片目を隠した色男を見た。愛用の煙草を加えながら、私の問いを聞いているのか聞いてないのか掴みにくい表情を浮かべている彼、ウォリックに小さく息を吐く。
この界隈で便利屋を営んでいる彼と何処にでもいるような娼婦である私が出逢ったのは偶然だった。私はいつもの通り客引きをしていて、その時たまたま声を掛けたのがウォリックだったってだけ。遠回しに拒絶の態度を示す彼を無理矢理言いくるめてベットまで持ち込んだのは良いものの、結局抱いてくれはしなかったという笑えないオチまでしっかりとついている。
でも、彼には少しおかしな所があった。私を抱かないくせにお金だけは渡す。ただ添い寝をするだけでどこかの誰かを相手するより倍のお金が貰えたのだ。あまりにもうまい話に最初は彼を全く信じられなかったのが本音である。

「ねぇ聞いてるの?ウォリック」
「あー聞いてる聞いてるよ〜」
「今日も私は貴方の胸の中でずっとお人形してるだけかしら?」
「そうだね〜ほんっとナマエちゃんは柔らかいから俺ちゃんいつも癒されてるぅ」
「私は貴方がよく分からないわ」

今日も彼のたくましい腕に拘束される。私の力では彼の腕を振り払って逃げ出すなんて出来ないから、大人しくその位置に収まること数時間。今やここが私の定位置になっていることにこの男は気付いているのだろうか。
しないならしないで越したことはない、なんて思ってた時期もあった。何もせずにお金を貰える、それはなんてラッキーなんだろうと。だけど今は違う。むしろ逆だ。

「あのねウォリック。私、もう客の取り方忘れちゃったわ。前はどうやって相手をしてたかもどんな気持ちでそのお金を受け取ってたのかとか分からなくなっちゃったのよ?」
「ふぅん。それまたなんで?」
「分かってて聞くんだからほんと貴方は酷い人よね」

そう零すと、「違いない」と苦笑する彼。
そしてまるで逃がさないとでも言わんばかりに私の身体をかき抱いた。そうこれも彼のクセのようなもの。時折ウォリックは何か大切なものを閉じ込めるみたいに私を抱きしめる。そんな時の彼は私よりずっと年上の筈なのに子供に見えてしまうから不思議だ。そしてどこか懐かしさを覚えるのも。

「ねぇ、ウォリック」
「……なぁに?」
「どうして私だけを抱いてくれないの?」

私、知ってるんだから。ウォリックの仕事のこと。
こうも頑なに拒むものだから最初はゲイなのかと思った。けど、女慣れしてる様子に他の子から聞く彼の評判や話からそういうわけではないのだと知り、ますます彼のことが分からなくなった。
私は一体彼の何なんだろう。今までの地べたを這いずり回る生活にも戻れない私は一体何になるんだろう。
抱えているありったけの不安をぶつけるようにして彼に言う。

「私はこれからどうしたらいいの?」

貴方のせいよ。全部、全部貴方のせい。鳥かごの中で優しくどろどろに甘やかされた私はもう飛び方さえも忘れてしまったのよ。そう責めるように彼を見つめる。
するとウォリックは少し悲しそうな顔をした後、私の額に優しいキスを落とした。触れた唇の熱に涙が出そうになるのを必死に堪える。けれど彼には全て筒抜けのようでとても悔しい。

「ナマエはずっとこのままでいいんだよ」

言い聞かせるように紡がれたそれに私は何も言い返すことが出来なかった。



『またあの女のところに行ってたのか』

いつもより随分遅い帰りにニコラスは呆れたように手話で伝える。帰ってきて早々咎められた気分になったウォリックは肯定するのもそこそこに愛用のタバコに火をつけた。

「なぁニック。電話番欲しくね?」
『ここに置くのか?』
「まぁ、そーいうことになんのかなぁ。ご飯作ってくれるってのもいいよなぁ」
『好きにしたらいい』
「ほんと、つれないねえ」

淡々と受け答えするニックの姿からは彼の意見が全く見えない。まぁそれもいつものことか、とウォリックは紫煙を燻らせる。
瞼を閉じれば彼女の姿が浮かぶ。それは幼い頃のあの子とは似ても似つかない。けれどもどちらも同じ彼女を。

「ナマエはさぁ、ほんとはこんな所でこんなことする人間じゃないんだよ。もっと真っ当に生きていつか相応しい相手と所帯持って幸せに生きる筈だったんだ」

窓からずっと眺めてた。あの屋敷にいた頃に時折姿を見せる、可愛らしい笑顔を向ける少女を。最初は見てるだけだった。だけど目で追っていくうちに少女もこちらに気付いたようで、一度だけ隙を見て屋敷を抜け出して少女と言葉を交わしたこともあった。結局、それ以来少女とは話すことはできなくなったが。もし、あんなことがなければ今でも彼女はあの頃のまま優しく笑っていられただろうか。そんな仮定の話をふと考えてしまう。
そんな独り言のように呟くウォリックの口元をニコラスはじっと見つめる。

「神様って酷いやつだと思わねえ?」

なぁニック。と問いかけるウォリックにニコラスは肯定も否定もしなかった。
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