07
「なあなあいっちゃん!セントラルタウン行かへん?」
「セントラルタウン?」
それはぼくがアリス学園に来てから数日が経過した頃、結局ぼくは何の意味なくぼーっと日々を過ごしていたら蜜柑ちゃんがここぞ、と言うばかりに突進してきた。
猪のごとくな迫力にぼくは一瞬気圧されてしまったのは仕方がないだろう。蜜柑ちゃんの横で落ち着きなさい、と忠告する蛍ちゃんはまるで彼女のお姉さんのようだ。
「いっちゃん行こーやー!セントラルタウン!」
「いや、だからね。そのセントラルなんたらって一体なんなんだい?」
「お願いやーーっ!」
「お願いする前に人の話を聞こうか」
「セントラルタウンは学園の敷地内にある商店街みたいなものよ」
蜜柑ちゃんと言葉のキャッチボールが出来ないことに四苦八苦してると、見かねた蛍ちゃんが助け舟を出してくれた。
なるほど、商店街ね。確かにこの学園でしか生活出来ないならそういう場所があるのも必然か。この学園、面積だけはあるみたいだし。
どうやら蜜柑ちゃんはセントラルタウンに行きたいらしいが、ぼくが来る前に学園を脱走したということでしばらくはパートナー付きでないといけないらしい。
というより、脱走って何したの。この子。
「いや、あん時は棗助けんのに夢中やって……」
「棗くんを?」
「でもでも!うちそれで星なしからシングルになってんで!」
「あの、だから何が……」
「えへへ、凄いやろー!」
「……蛍ちゃん、この子もうやだ」
「諦めなさい」
どうしよう、蜜柑ちゃんの話をなに一つ理解出来ない。助けを求めるように蛍ちゃんを見ても冷たく突き放されるだけ。
つまりはそのパートナーの棗くんに断られたから代わりにぼくに同行して欲しいと。そういう解釈でいいのかな。
「でもぼくはまだ学園に来て日も浅いし、そういうのは蛍ちゃんとか他の子の方が適任なんじゃない?」
「いや、それがな。蛍は……」
「めんどくさいから嫌よ」
「この調子やねん」
しゅん、としょぼくれる蜜柑ちゃん。他の子にしてみても同様で何かと都合が悪かったりして全滅なのだそうだ。
正直、ぼくもあまり行きたくはないのだが。
「ふぅん。そういうことならいいよ。ぼくでよければ行こうか。セントラルタウン」
「え、ほんま!?」
「せっかくのお誘いだからね」
「ありがどお!いっちゃん!」
そんな経緯でセントラルタウンへ行くことになりました。
蛍ちゃんから向けられる呆れた視線はこの際スルーする。
「ひゃああ!久々のセントラルタウンやぁ!」
「へぇ、商店街って言うからどんなものかと思えば結構規模が大きいものなんだね」
「せやろせやろ?ここ来るだけでめっちゃテンションあがらへん!?」
「あんまりかな。ところで蜜柑ちゃんは何が買いたかったの?」
ぼくが質問すると蜜柑ちゃんは、あ!と大きな声を上げて走り出した。
え、まさかぼく置いてけぼり?気づけば蜜柑ちゃんの後ろ姿はもう消えていて。
置き去りにされたぼくは右も左もわからない場所でどうすることもできないからとりあえず近くのベンチに腰掛けた。
「はあ、何やってんだろ。ぼく……」
蜜柑ちゃんが早く戻ってくることを願いながらぼくは小さく息を吐く。
セントラルタウンは賑やかなもので行き交う人々は楽しそうに笑っていた。華やかだなあ、なんてふと思っていると視線。
ぼくを刺し殺すかのような鋭い視線。ぼくだけに向けられるそれは勘違いだと片付けるにはいささか強烈すぎた。
一体、どこから。だけどぼくは振り返らない。振り向く必要はないからだ。それほど、相手は隠すという行為をしていない。
「戯言、だよなぁ」
ぼくは立ち上がる。そして、歩いた。
するとその視線は離れることなく、同じようについてくる。
それからセントラルタウンを無駄にぐるぐると練り歩いたけれど、結局その視線はなくなることはなかった。
「勘弁しろよ」
いい加減、その視線との攻防に疲れが見え始めたとき。
ぼくの腕は誰かに強引に掴まれた。しまった、と内心舌を打つがその手の主を確認するとぼくは心を落ち着かせる。
「……蜜柑ちゃん」
「もー!いっちゃんこんなとこにおったー!めっちゃ探してんで?」
その言い方だとぼくが勝手にはぐれた、みたいなニュアンスになるから全力で否定させていただきたい。実際は蜜柑ちゃんがいきなり走り出したわけであって、決してぼくのせいじゃないからね。
だけど、蜜柑ちゃんはそんなことお構いなしにマシンガントークを続けてく。
彼女の登場で気がそがれたが、はっと思い直し先ほどまでの視線へと意識を向けた。だが、
「ーーあれ」
気づけば嫌というほどまとわりついてきたあの視線は綺麗さっぱり消えていたのだ。
まるで最初からそんなものなかったかのように。
蜜柑ちゃんが現れたから?それとも本当にぼくの勘違いか?
幾つかの疑問を思い起こさせる不穏な予感にぼくは眉を寄せる。
すると、突然視界が真っ白になった。
「え」
「はい!あげるー」
「蜜柑ちゃん?」
「これ、ホワロンいうねん!めっちゃ美味しいからいっちゃんも食べてみぃ?」
「ホワロン……」
それは真っ白でとてもふわふわしていた。あの世界にはなかった食べ物を食べることに少し躊躇いはしたが、蜜柑ちゃんの期待の篭った目にぼくはそのホワロンを口に運んだ。
「これなぁ、めっちゃ人気やからすぐ売り切れんねん!間に合ってよかったわぁ!」
「(なるほど、だから急に走り出したのか)」
「それ、ほっぺた落ちるほど美味しいやろ?」
ぼくはまだあの視線のことに意識が向いていてあまりそのホワロンの味を堪能できなかったが、大勢の人が買い求めることだけのものではあるのだろう。
昔、キムチで味覚を戻そうとしたぼくの舌でも納得できるほど美味しかった。まぁ、あの島で食べた数々の完成された料理と比べることはしないけれどね。
「いっちゃん、今日はわざわざ付き合ってくれてありがとー!」
「どういたしまして」
一つの不安を残したまま、ぼくは蜜柑ちゃんと帰路についた。
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