戯言 | ナノ




06

「玖渚、友?」

変わった苗字の子だね。そう困った顔で笑ったのは鳴海先生だった。
ぼくの予想し得なかった質問に彼は眉を下げて言う。

「うーん、その玖渚友って子は男の子かな?それとも女の子?」
「多分……女です」
「(多分…?)」

ひどく曖昧なその返答に先生の他にもその話を聞いていた蜜柑たちも顔を顰めた。
確かに今のは少し言い方が悪かったかも。言ったあとで反省するも、実際ぼくという実例があるからアイツが前と同じ女で生を受けているという自信は持てない。
それ以前にこの世界に存在しているかどうかも危ういけれど。

「なあなあ、いっちゃん。そのくさな、ぎ?とも……?」
「玖渚だよ、蜜柑ちゃん。くなぎさ」
「う?む、なんやえらい言いにくい名前やなぁ」
「もしかしたら、玖渚友っていう名前じゃないかもしれないけどね」
「? なんやよぉーわからんけど、そのくなぎさって子とは友達なん?」

蜜柑ちゃんの丸々とした目が不思議そうに尋ねてくる。
ぼくとアイツの関係が友達、ね。そんな簡単なものなら今頃ぼくはこんな虚無感に襲われることなんてなかったはずなのに。

「違うよ」
「へ?」
「大切なんだ。何よりも、誰よりもね」

目を伏せて、アイツを思い浮かべる。あの頃から劣化した青みがかった長い黒髪と瞳。だけどとても美しい彼女の姿。
そう誰かを思う彼女の雰囲気がまるで小学生とは思えない様子に蜜柑たちはしばし驚いて固まった。

「付き合ってらんねー」
「あ、棗!どこ行くねん!!」
「別にどこだっていいだろ。お前らには関係ねぇ」
「いっちゃんが困ってんねんからちょっとくらい協力したろっていう気はないんかーっ!この薄情者がーっ!」
「それこそ関係ねぇだろうがブス。そのアホ毛が探してる奴のことなんて知るわけねぇだろ」
「こんの鬼ーっ!人でなしーっ!」
「ぼくを挟んで痴話喧嘩はやめてくれないかな?」

いつゴングが鳴ったのかは定かではないが、気づけば頭上で応戦される罵詈雑言に小さくため息を吐く。
この二人いつもこんな感じなの?とルカ君に問えば、あははと乾いた笑いが帰ってくるだけ。仲が良いのは良いことだけど周りの迷惑は考えようよ。おかげで耳が痛い。

「それで鳴海先生。心当たりはありますか?」
「……そうだねぇ。折角頼ってくれたのは嬉しいんだけど、ごめんね。その玖渚って子はこの学園にはいないと思うよ。そんな珍しい名前なら覚えてるだろうし」
「そうですか」
「なんなら名簿で調べようか?」
「いえ、結構です。いない、というならそれで」
「そう?役に立てなくてごめんね」

そうか。やっぱりいないのか。
わかってはいたけど、少しだけ淡い期待をしていたぼくは落胆する。

「いっちゃん?」

玖渚がいない世界。誰もぼくを知っている者がいない世界。
ふと、その事実に首を傾げた。

どうして、ぼくはここで生きているのだろう、と。


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